Mentioned in topics
このページは、なあに? Jevにこういう入力を与えたらこういう出力が得られる、こういうユースケースで活用できる、といった表層的なことはわかるが、周辺領域も含めて概念的な理解が弱いと感じたのでLLMに教えてもらいながら学んでいく。 他者に向けた解説記事じゃなくて「自分用の学習メモ」って感じです。 Jevの仕様 公式ドキュメント Introduction - TypeSafe AI にある記述。 |
YouTubeのプレイリストのURLを貼っておく。このページをつくった2023-12-02時点では、全12エピソードのうち6エピソードしか公開されていないが、ぼくはCOTEN CREWのアーリーアクセスでその先まで聴いている。 通しでざっと聴いたくらいでは「民主主義とはなにか?」に自分の言葉で答えられるようにはならない それはそう 「民主主義とはシステムのことではなく」という説明が心に残っている
ピーター・ターチン「人工知能はカウンター・エリートを量産し、社会を不安定化させるだろう」(2023年11月20日) – 経済学101 より。 労働者は、凋落を甘んじて受けいれたわけではない。大衆の不満が高まっている兆候はあちこちに見られる。しかし、歴史が教えてくれるのは、革命を引き起こすのは「民衆」ではない事実だ。大衆の窮余化とその結果から生じる不満が統治体制に向かうには、離反エリート、つまり「カ
けっこう見聞きするよな、と思う。 ぼく個人はあんまりピンときていなくて、どのチームのどの職種の人も協力的だよなあ、と呑気に過ごしている。これまでに身を置いてきた環境が恵まれていたのだろう、と思うばかり。 ところで、こういう言説を繰り返し繰り返し発することで、事象を再生産してしまうことはないか?が気になっている。「対立しがちじゃないですか〜」という前提で話が進んでいくと、新人さんなんかは「そういうも
コンテキストを共有せずに ソフトウェアエンジニアが「エンジニアです」と名乗ると Web APIのことを「API」と呼ぶと スマートフォン・アプリのことを「アプリ」と呼ぶと USBメモリのことを「USB」と呼ぶと 「他にもいろいろあるよ!」というツッコミが発生しがち。それはそう。
デジタル庁のウェブサイトには「ミッション・ビジョン・バリュー」が明記されていて、ぼくはこういうのは大事だと考えるので「いいじゃん」と思っている。あとは体現していくだけ。ぼくも日本国民なので「いっしょに社会を前進させていきましょう」という気持ち。 ミッション 誰一人取り残されない、人に優しいデジタル化を。 一人ひとりの多様な幸せを実現するデジタル社会を目指し、世界に誇れる日本の未来を創造します。 ミ
独占配信・限定配信、受け止め方がむつかしい 好んで聴いていたポッドキャスト番組がSpotify限定配信になって、自分はSpotifyは「音楽を聴くアプリ」として使う運用だからその番組は視聴のルートから外れちゃって、個人的にネガティブな感情を抱えている もちろん、番組の作り手のみなさんが幸せに過ごしているならとてもすばらしいこと 「自分のところでつくったんで、自分のところだけで配信します!」 わかる
というのは都市はツリーではないのオマージュ。ぼくが言いたいのは「ぼくの日記は、ツリー構造に押し込めるような形では書かないぞ」ということ。 日記なので「日」という概念と強く結びつくのは、それはそうとして。ぼくがここのScrapboxで書く日記は、とある日と、別のとある日が、なにかしらの要素でうっかりつながってしまうことを大いに期待している。ツリーではなくネットワークとして日記たちを編み上げていく。
それはそう、って感じなんだけれどあらためて明言しておく。 心が弱っているときなんかは油断するとすっぱいブドウ的なダサいムーブを繰り出してしまいそうになるので、それを防ぐために置いておきたい。いっしょに盛り上がれないと、ぼくは少しさみしいよ。自分がうまく参加できていないだけのトピックを変に下げたりせずに、好奇心を忘れずに接していきたい。
大相撲の序二段の力士が新型コロナウイルスへの感染を恐れて休場を申し出たものの受け入れられなかったため現役を引退したと、ツイッターに投稿したことを受けて、日本相撲協会の芝田山広報部長は「コロナが怖いから休場させては理屈が通らない」と話し、休場は認められないという考えを明らかにしました。 From 力士“コロナ怖く休場” 相撲協会広報部長「理屈通らない」 | 大相撲 | NHKニュース 日本相撲協会の
Mentioned in days
神保町で会いましょうの3Li¥enさんゲスト回を聴いた。トークが軽妙でめちゃおもしろかった。
Dis曲をリリースしたことについて、ファンから「ネガティブなことは言わない人だと思っていました」的なコメントがあった、という話があった。それに対して3Li¥enさんは「言いたいことを言わずに溜め込む方がネガティブ」といったことを言っていて、とても感心した。
「我慢 = ポジティブ」じゃないよね、それはそう。ポジティブに生きていくために、言うべきことは言っていく。見習いたい姿勢だ。
高速にソフトウェアのプロトタイプをばんばん生み出せて、かつ、それらを無料もしくは無料に近いくらいに安価で運用できれば、今のぼくのお仕事がかなり楽になる見込みがあり。そういった環境の実現に向けてあれこれ模索しているってのは日記にちょいちょい書いている通り。
模索していると「最初の1機能が動くに至るまでの、イニシャルのオーバーヘッドがけっこう大きい」ってことがわかってきた。いや、これを読んでいる人は「それはそうじゃん」「知っている」って思うかもしれないけれどね。半年に一度だけ新規アプリケーションを作り始めるのと、週1で新規アプリケーションの開発に着手するのとでは、オーバーヘッドの大きさの意味合いが変わってくるってのを実感を伴って理解している、って話で。
そう考えると、最初のデプロイまでを済ませてある「ウェブ・アプリケーションの赤ちゃん」を5個くらい適当に動かしておけばいいのか?と思ったりした。そんで、具体的になにかをつくります〜ってなったらそのうちのひとつを選んで「あなたは◯◯アプリケーションとして開発されることになりましたんで」って任命されて、その道を進んでいく、みたいな。
イーブイ・アーキテクチャと呼ぶのはどうか?
「juneboku」と名乗ることを決めた時点で e が抜けた「junboku」で書かれてしまうことは織り込み済みであった。そのあたりの機微は「転生したらjunebokuだった件」にも記してある。今日まで、順調にjunbokuさんと書かれまくっております。それはそう。たまにjubokuとかjunebokeとか書かれたりすることもあり、多様な記述を楽しんでおります。発話の上では「じゅんぼくさん」と呼んでいただけてそれが定着しており、名乗れば名乗れるもんだな〜と思う。
GENDER INCLUSIVE AUDIOを聴き進めておる。もう終盤。明日の朝で聴き終わりそう。
聴いていて、社会規範のパワーってのはめちゃくちゃ強いんだなあ、と思った。書いてみると、アホっぽい感想だ。それはそうと言ってしまえばそうなのだけれど、心の深いところからそう思わされている。はあ。
自分や家族については「規範に従うことよりも、目の前の現実と向き合い、目の前の人々と対話することを重視する」という意思決定スタイルなんじゃないか、と思った。たとえば、妻とふたりで形成している家庭について、現在の日本社会の規範から外れていると捉えていることはけっこうある。でもそれに対してネガティブな気持ちはなくて、自分たちの状況に合わせた選択をできていることにポジティブな感情がある。「ふつうは…」「常識的には…」のレールから外れることを恐れていないと思う。
本当に社会規範に縛られずに自由に生きられているか…?と立ち止まって自問してみて、ちょっと前に更新された桃山商事のエピソードのことを思い出した。
Ep90. セックスがうまいってどういうことですか?w/二村ヒトシ - 桃山商事 | Podcast on Spotify
二村ヒトシさんをゲストに迎えてセックスの話をしている回。この回を聴いて、過去の自分は、ことさら「性」の領域についてはかなり規範の影響を受けていたんじゃないか、と思った。そんな話を純朴声活に吹き込んでおいた。
(171) 性と規範と、対話のための一歩 - 純朴声活 - LISTEN
近年、職場における「こういうのはハラスメントですよ」系の情報とか、オープンに共有されやすいトピックについては、日々ウェブを眺めている自分の視界にもたくさん入ってきて、認識をあらためやすい環境にあると思う。一方、日本社会においてはまだまだ「性」の話のオープンネスは低くて、その分だけ、内省が捗りにくい構造かもな〜と思ったのだった。
朝から雨が降っていたので「はあ、アメッシュ…」とつぶやいたところで、ひさしぶりに東京アメッシュにアクセスした。大阪からこれを見たところであまり役には立たなかった。それはそう。
東京アメッシュ
https://tokyo-ame.jwa.or.jp/
ハイパー起業ラジオではAuthenticityの話がおもしろかった。きれいに結晶化した「ミッション・ビジョン・バリュー」の類もいいけれど、今なら、組織内の会話を1年分とか収集しておいて、そこから「こういうことを大事にしている現場です」と抽出できるってのはそれはそうかも。
ぼくが小さな物語を好んでいて、人々の日記の類を好んで摂取しているのも、相手のAuthenticityを感じたいからなのかもしれない。きれいに1ページにまとめられたプロフィール・ページにアクセスするだけでは感じ取れないものを、その人の日記を1年間とか通読していると感じ取れたりする。それこそが「この人だよね」と思いたい、というか。ぼくの日記や純朴声活やキマグレエフエムや、かつての週刊少年オオワダやおつかれシャワーなどの蓄積には、Authenticityがいくらか宿っていると言える気がする。
Generative AIによって生成されたコンテンツが今後ますます増えてくるであろう中で、ぼくがぼくであることを示していける、ある意味での「手書き」「手作り」っぽいものを記録し続けたいな。
いがじゅんランチのおそらく146回目くらい。子が両親を呼ぶときのバリエーションはいろいろあって、平成初期と今を比べると「パパ」「ママ」がシェアを伸ばしている気がするよね、という話をした。igaiga555が「短いのは強い」と言っていて、それはそうと思った。「おとうさん」より「パパ」や「ダダ」の方が言いやすいよね。「ちち」「はは」も短いか。『SPY×FAMILY』のアーニャじゃん。
幼少期のぼくは両親のことを「おとうさん・おかあさん」と呼んでいて、中学生のときだったかな、途中から「とうさん・かあさん」に移行したはず。最近は「名前 + さん」で呼ぶことも増えてきた。妹・弟と雑談する中で両親について言及するときは「名前」(呼び捨て)なこともしばしば。だんだんと「親」から「友人」っぽい位置付けに変わってきたのかも。
2024年10月24日 - 栗林健太郎の庭 経由で、三笘薫さんがお話されたことの書き起こしを読んだ。はー、すごい。「職業としてのサッカー選手、完全に知的労働をやっている」という認識になる。
三笘 それは本当に難しいですね。相手のポジショニングや状態についての分析、あるいは自分たちがやるべきタスクや戦術は、もちろんすべて頭に入っています。それでも本能的になりすぎて戦術を忘れてしまったら、自分の動きは良くてもチームのパフォーマンスは下がりますよね。だから人間としてのベストと、本能的に出てくるもののベストをうまく融合する必要があるんでしょうが……、そのバランスは本当に難しいですね。
〈座談会〉現代サッカーにおける理性と感性……三笘薫・小井土正亮/山本敦久(司会)[『思想』2024年10月号より] | web岩波
「運動神経がいい」というフレーズは、ぼくが小学生のころには日本語圏に定着していたように思うけれど、落ち着いて考えてみるとなにを言っているのかよくわからないと気付く。
自分がこうなりたいと思う人がいる集団を選べばいい by 為末大をメモしたときにも「一流のアスリートは思考のレベルが高い!」みたいな気分になったっけ。こうして書いてみると、どの分野でも、大活躍している人は思考のレベルが高いのはそれはそうでは?と思う。なんだろう、スポーツ選手やアスリートは「体」ばかりを使っていて「頭」は使っていない、という誤認を幼少期から積み上げてきてしまった?実際は「体」も「頭」も突き詰めているのだろう。すごい。
小学校でのボランディア活動の日。朝起きて小学校に向かう。
週末に左脚のふくらはぎが攣ってしまうインシデントが発生し、今朝も脚に少しの不安を抱えていたので、児童たちにその旨を伝えた。伝えておかないと休み時間の鬼ごっこに参加することになるからね。
「脚、だいじょうぶ?」「週末に攣ってしまって、ほとんど大丈夫なんですが、いちおう激しい運動は避けておきます」「歩くのもつらい?」「いえ、歩くくらいなら大丈夫です」という会話があり、気遣ってくれてありがたないなぁと思った。そして今日の休み時間には「歩き鬼ごっこ!走るのはナシね」となった。ぼくが「歩くのは大丈夫」と言ったので歩くタイプの鬼ごっこが開催される、それはそう。
今日は下記の2冊を小学校にプレゼントしました。いかにもぼくが好きそうな本、という感じがする。
国語の授業は「本のポップをつくってみよう」だった。みんな、それぞれに読んだ本の紹介ポップをつくっていく。ひとりの児童が「読んだ本を、家から持ってくるのを忘れた…詰んだ……」としょんぼりしていた。「なんていう本を読んだんですか?」と質問してみたら書名を教えてくれて、ぼくも読んでみたいと思える本だったのでその場でKindle版を購入した。スマートフォンを貸してあげると「えっ?いまここで読めるってこと?えっ??」とおどろいていた。初めての電子書籍にグッドなリアクションをしてくれて、ぼくはニコニコしてしまった。無事に作業を進められるようになったのでよかった。
社会の授業は「長野県の自然災害」がテーマだった。過去の自然災害のデータをみんなで見ていく。ぼくの知らない事例がたくさんあった。とある児童は「おばあちゃんが、こういう話をいっぱい教えてくれるんだ」と話してくれて、焼岳の噴火とか、伊勢湾台風のことを教えてくれた。教科書には載っていないようなことも元気に発表していて頼もしい。「いつも、授業の取り組み方がすてきだね」と以前から感じていたことを伝えておいた。
下記の投稿をたまたま見かけて、見ている世界がぜんぜんちがいそう〜と感じた。ぼくはどちらかというと、情報流通コストが高い環境の方が「表と裏を使い分ける」「バレないように悪いことをする」という戦略が有利になりやすいと思っていて、オープンなウェブで活動していると、誠実さは武器になるよね、という感覚が強い。
冒頭の一行が「この世界は!!!」だったのなら、ぼくは気に留めなかったであろう。それはそうかも、という印象になる。
このインターネットの世界は!!!
裏でも表でも努力して全力でいい人しているよりも!!
表でだけいい人して裏で非人道的行動してる人が評価されること多すぎて納得できないよなぁ!
それを暴露してもこっちが悪者だもんなぁ!
ま!それが社会!!
後者のほうが”かしこい”のさ!!!
悪くなりてぇ
https://x.com/ksononair/status/1819648137348133226
メモ
2020-07-06に見た都民1万人アンケート | NHK選挙WEB のことを久しぶりに思い出していた。
「全体最適のために誰かが動いた方がいいとは思うが、それは自分以外の誰かであってほしい」ってのは、普遍的な願いではあるよな、とあらためて思う。「全」の視点と「個」の視点は別々に存在している。自分以外の人々ががんばることで人類全体がいい感じになってほしい、それはそうかもしれない。
妻と「どこかでランチを食べよう〜」と適当に家を出発して、最初は南に向かったものの「あ、そういえば行きたいところがあるんだった」と思い出して北に進路を取り直す。じゃああそこに行こう〜と向かっていくも、信号が赤に変わるのを待っているときに「お、ここに入ろうよ」となって安曇野のかつ時に吸い込まれていった。
わしはトンテキの定食をいただいた。トンテキの専門店があればとんかつ屋さんでトンテキを頼まないはずだが、生活圏でトンテキを食べようと思うとそんなに選択肢がないっぽい。なのでこういう注文になる。
Shinagawa Agile Talks SideB 036を聴いた。dora_e_mさんbufferingsさんの現場のお話がおもしろかった。bufferingsさんといえば、下記のエッセイの雰囲気もよかったな。
とにかく「ソフトウェア開発」「プロダクト開発」に対するたしかな理解があるのだろう。紹介されている話を聞いていると「それはそう」と当たり前に感じることばかりで突飛なことはない。ただ、当たり前のことを当たり前に実践できていてそれがすごいという感じ。達人の正拳突きが必殺技になる的なやつ。
https://open.spotify.com/episode/0h7MPvE68uKBbj2nFdiUD4「ParaviとU-NEXTがひとつに」というお知らせをかれこれ4ヶ月くらい受け取っていて、うんうん、さすがにぼくもわかっているよ。メールが1通だけだったら覚えなかったかもね。しっかり伝わりました。
以前に日記にも貼った「まばたきするイラストの動画、いいな〜」ってやつ、2023年版も登場していた。かわいい。
https://dcc.jsda.info/assets/dcc2022.mp4https://dcc.jsda.info/assets/dcc2023.mp4朝起きて8:00過ぎに自宅を出て病院に行ってきた。2023-08-25に診てもらったときに「また3ヶ月後くらいに血液検査してみましょう」と話していて、それをやってきた形。血液検査の結果にはおかしなところはないとのことなので、引き続き健康にやっていきたい。痩せた方がいいのはそれはそうなので、あらためて腹筋ローラーを転がすなどして過ごしたです。
その後、山形村の農家直営食堂ご飯屋でランチしてきた。
ぼくはとろろが好き、妻はとろろが大好き、とろろ込みの定食をあれこれ選べる楽しいお店だった。
今日更新のOssan.fmエピソード267はhmskのおたよりから話が広がっておもしろかった。特に終盤は「そうそう、そうなんだよな〜」と思いながら聴いていたら、ふいに名前を挙げてもらってびっくりした。ありがたいことですね。
個人開発とProject HEとProject TTの作業を進めてから就寝。明日は一段と寒くなりそうだ。
家電のレビューを見ていたら「デザイン性が高い分、操作はしにくい」という記述を見かけて、デザインが見た目のことだと矮小化されている例をひさしぶりに見たぜ、と興奮した。
『薬屋のひとりごと』やCOTEN RADIOの菅原道真のシリーズなんかに触れていて、権力争い的な話題が耳に入ってくる。そういうエピソードを見聞きすると「ありそうな話〜」とは思うのだけれど、実際に自分の身の回りで起こった出来事を思い出すわけではなくて、フィクションの中でのあるあるとして捉えている気がする。「蹴落とす」とか「自分のために利用する」とか「足を引っ張る」とか、自分がそれ系とまったくの無縁だったとは思わないものの、可能な限りそういうのに関わらないように生きてきたんじゃないかと思う。少なくとも直近数年でその手の争いに巻き込まれた覚えはない。自分の人生に「敵」という存在を置きたくないんだよな〜。敵か味方か、って分け方をしていない。他方で、すぐに「敵」を設定したがる思考の人がいるのも知っている。
数日前にTHE TECHNO-OPTIMIST MANIFESTO by Marc Andreessenというページをつくり、日本語だと「テクノ楽観主義宣言」ってことになるかね、熟読はしていないけれどざっと目は通しておいた。けっこう批判されているってことを知った。ぼく個人は「へえ」「こういう考えもあるよね」くらいのスタンスで読んでいた。東京を離れてからテクノロジとの接し方には変化が生じた気がしている。
- 「テクノ楽観主義者宣言」にみる先鋭化するテック大富豪のイキり、そしてテック業界の潮目の変化 –WirelessWire News
- 著名VCマーク・アンドリーセンの「テクノロジー楽観主義宣言」が話題 = 物議の理由とは | The HEADLINE
「反・体制」「反・権威」的なポジションを取って力をつけていった人、自身が権威を帯びてきたときにアイデンティティ・クライシスに陥るってのはよくあるパターンだと思う。これに限らず、前提の変化に気付けないといろいろ見誤るのはそれはそうって感じなので、がんばって生きていかないとだよなあ……難。
きのうの風邪退治鍋のスープに中華麺を投じて夜ごはんにしたです。おいしかった〜〜〜。
「ポッドキャストには、TBSやABCが発信しているようなものだけじゃなく、市井の人々が発信している番組もある」的なことが言われていて、ぼくとはぜんぜんちがう見方をしているな〜と感じておもしろかった。軸足がマスメディアにあるかソーシャルメディアにあるか。同じものを別の角度から見ている感じ。
五・七・五の語感がいいのは知っていたけれど、四・四・五ってのもあるか。たしかに。最初に思い浮かべたのが「ラミパス・ラミパス・ルルルルル」だった。
花束 みたいな 恋をした
逃げるは 恥だが 役に立つ
悪魔が 来りて 笛を吹く
4文字・4文字・5文字のリズムが気持ちいい
『水曜日の縁側』のエピソード126を聴いた。結婚にしろ雇用にしろ、契約を「更新制」にする案はぼくはけっこうポジティブに捉えている。年次くらいで話すタイミングがあるのはいいと思う。
ランチ、ひさしぶりにB-Ponoに行ってハンバーガーを食べた。相変わらずおいしい。
給油した日。給油してから北に向かって走っていく。道中で見かけたそば神は気になった。
Hakuba Mountain Harborに行ってみるぞ。岩岳ってところのゴンドラに乗った。
妻は人生で初めてのゴンドラ体験になったかもしれなくて「たかい!」「あぶない!」「こわい!」と騒いでいて楽しそうだった。
ケガなどもなく無事に(それはそう)着いたぞ。上が「ノアの山駅」で下が「ノアの里駅」だったかな。
眺めがいいねえ、テンションが上がってしまう。
これは白馬の観光情報でよく見かけるヤッホー!スウィングというブランコ。
「presented by にゃんこ大戦争」だったのか〜。
白馬岩岳マウンテンリゾート – ヤッホー!スウィングpresented by にゃんこ大戦争 – — 新着情報|JAKUETS
「これが本物のテラスだぜ!」と言わんばかりの、開かれまくったテラス。すごい。
しっかり満足したのでゴンドラで降りていった。
「忘れものはないか?」という意味で「Do you have everything??」という英文を置いている。すべてを手中に収めたか??
続いてSnow Peak LAND STATION HAKUBAに行ってみた。建物がグッドだね〜〜〜。
ライブカメラかと思ってジッと見つめてみたが、そうではなかった…(?)
Snow PeakとStarbucks Coffeeが併設されていて、チェアリングしながらコーヒーを飲める。めちゃいい。
遠くに見えるのは白馬ジャンプ競技場かね〜。
暗くなる前に帰路について18:00くらいに帰宅した。ふらっと白馬村まで行って遊んで帰ってこれてよかった。いろんな市町村を見て回ることで「自分たちは、どんな場所に住みたいのか?」の理解が進む。帰りのくるみの中でも「次に住むのは〜」なんて話が自然と盛り上がる。




