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はじめに 2023年、2024年、2025年と、満職(フルタイムの労働)を避ける生活をやっていて、気付けば丸3年が経過しようとしている。 2023年は無職の完全体としてスタートして、2024年には「少しは働く」という微職の状態になり、2025年の年末を迎えた今は、フルタイムを100とすると70〜80くらいの労働状況には、なんやかんやで満職に近付いてきた。 生活者の自分とビジネスパーソンの自分が綱引
やりたい おつかれシャワーに動画を投稿する n8nを試す 『Tidy First?』読む やった 『庭の話』読む 読み進めた、このまま最後まで読みたい コンコンのキャリア教育デーの準備を進める 進めた、まだまだこれからだけどね Core Keeperちょっと進めるかも ほんの少しだけ進めたわ 不動産会社から届いた封筒の中身を確認する @ 2025-01-06 家の賃貸にまつわる保険料の支払い手続き
元日の朝にお風呂に入っているときに2024年の活動テーマは「動かす」にしようかな、と思ったので、今の気分を書き残しておこう。 頭を動かす 思考停止すんなよ、ってことね 去年に40歳になって、自分が履かされている下駄を感じることもあるし、前提を疑う視点はこれまでより強く持ちたい 大事なのはインプットになると思う 手を動かす テーマ案として「形にする」ってのもあったくらいで、この手でなにかを形作るって
今年はどんな日々だったかな〜と考えてみて。なんだか2周目の小学生をやったような感触が残っているので、その話を書いておきたい。 まず背景を共有する。去年から下記ふたつの取り組みを始めていて、小学校や小学生に関わる機会が多くなったのだった。 小学校でのボランディア活動 居住地域である長野県松本市の公立小学校に、学習支援ボランティアとして通っている プロジェクトTeacher Teacherのお手伝い
最近、友人たちと話している中で自分から出てきた話。ここにも書き記しておこう。 2023年から、ちょっと意識的に「今までとは違う環境に足を運ぼう」と思っている。1999年には情報工学科の学生になり、そのあと2006年くらいからウェブにどっぷり浸かっていて、そのまま2022年の末まで、だいぶ偏った界隈で暮らしてきた自覚があるからだ。 この気持ちのわかりやすい発露のひとつが小学校でのボランディア活動への
2024-06-29に開催されたえにしテック15周年記念カンファレンスに参加してきたので、前後の体験も含めた参加記録を記しておきます。 えにしテックは技術コミュニティの縁からスタートしました。 その原点に立ち返り、札幌でカンファレンスを開催いたします。 えにしテック15周年記念カンファレンス | Peatix えにしテック15周年記念カンファレンスの終了後、別会場にてアフターパーティーをご用意いた
雑談系のポッドキャスト番組が好きで、よく聴いている。友だちとふたりで雑談しています、ってのをファミレスの隣のテーブルで聴かせてもらうような体験が好みだ。 自分自身も友人とふたりでキマグレエフエムという番組を配信していたり、また、ひとりしゃべりポッドキャストとして始めた純朴声活にも友人との雑談エピソードを流し始めた。発信も受信も楽しんでいる。 女性同士が話している番組があれば、男性同士が話している番
最終更新 : 2024-02-28 人生をかけて生活をするのページをつくっていたら、自分は生活をちゃんとやっているだろうか?と思って現状を書き出して眺めてみたくなった。 Teacher Teacher ポッドキャスト番組にはノータッチ (一度ゲスト出演させてもらったのみ) オンライン・コミュニティの用務員っぽい立ち位置をやっている フリースクールにおける情報システムの選定や設計や運用について相談を
小学校でのボランディア活動では、その小学校についてほとんどなにも知らないぼくが登校して、そこに通う児童たちにいろんなことを教えてもらっている。いちおう授業中に質問されるような初等教育な内容については一通り回答できているとは思うけれど、長野県松本市のことであるとか、児童たちの間で流行っていることとか、とにかく教わることがたくさんある。 ぼくの気の持ち方が自然と「教わりに行く」になり、そういうスタンス
COTEN RADIOの番外編100を聴いた。前中後編ぜんぶで3エピソード。 Keywords: 太宰府天満宮、宮司、西高辻󠄀信宏、菅原道真、神社 ぼくは太宰府天満宮のことはぜんぜん知らないし、神社に関する思い出もなく、藤原道長さんについてもCOTEN RADIOのシリーズを聴いてちょっと知ったくらい。なので事前情報だけを見て興味を持つのはむつかしかった。だけれども、COTEN RADIOの番外編
無職でスタート、自分探し カウントダウン黒磯→カウントダウン松本 那須塩原市に住んでみた 環境を変えてみての気付き2023-Q1 転生したらjunebokuだった件 小学校でのボランディア活動 週刊少年オオワダとオオワダ発声練習 音声コンテンツきっかけで Teacher Teacher Project MY Ethereum Japan Kairan 毎日なにかしらコミット 強烈なリーダーシップを
という心理が自分にはありそう、と認知した。 小学校でのボランディア活動でちょくちょく小学校に足を運んでいる2023年。ぼくは担任を持ったりはしないので、基本的には教室などのオープンスペースで複数人の児童や先生と時間をともにしている。 たま〜に、たとえば教室を飛び出していってしまった児童を追いかけていって1 on 1で接するような機会はあって、そのときには強い緊張が伴う。自分が児童に対して悪いことを
COTEN RADIOの番外編で紹介されたコミュニティナースのお話がとてもおもしろくて、前編・中編・後編と3つの動画を食い入るように観た。矢田明子さんのことはウォッチしていくぞい。 コミュニティナースというそのものずばりの書名の書籍がKindleでも買えるので、読んでみるのもいいかも。 コミュニティナース 前編 : コミュニティナースの紹介 中編 : 矢田明子さんが今に至るまで 後編 : コミュニ
付き合いの長い友人と雑談するときにはそこまであれこれ考えているわけでもないけれど、知り合って間もない人と話すときなんかに意識していることがいくつかあるので書き出してみる。思い付いたら追記するつもり。 無駄なマイナスを回避したい 雪山を歩くときにクレバスを避けるように、他者との会話においても「安全な場所」を選んで足を踏み出せるとよい。 勝手な言い換えをせずに、相手が使っている言葉に合わせる 相手が
小学校でのボランディア活動で関わらせてもらっている学級がいくつかある。先日、とある学級で「自分たちの今年度の目標を完成させる」って時間があって、仕上げの時間に運よく同席させてもらった。 国語・算数・理科・社会のふだんの座学の授業と比べてもぼくの出る幕はほとんどなくて、楽しそうにのびのびと作業を進める児童たちをにこにこと見守っていた。学級のミッション・ビジョン・バリューみたいなものを児童たちが話し合
朝日新聞ポッドキャストのMEDIA TALKより。ゲストのyoppymodelさんのお話から。 公式な書き起こしはないので、ぼくが聴いての記憶にもとづいてメモしていく。興味のある人は一次情報に当たってくださいな。 一次産業→二次産業→三次産業とnが増えるほど地球から離れていく、という捉え方 最近の高度なテクノロジは次元の高い方から順に人間の仕事を奪っていく Generative AIによってライタ
2023-07-20時点で40歳の自分が20歳までのことを思い返してみる。生まれ育った家庭と、通っていた幼稚園、小学校、中学校、高専、それから北海道内のいくつかの市町村の風土。そこで自分の考え方の「型」が形成されていっただろう。 とくに小学校・中学校において、なんとなく自分が「ハマれていない」感覚があったように思う。当時のことを詳細に記憶しているわけではないが、とにかく足並みを揃えてみんなでなにか
From 小宮信夫「子どもの安全をどう守るか」NHK解説委員室 学校では「不審者に気を付けて」と教えているかもしれませんが、海外ではそうした教え方はしていません。不審者、つまり「これから犯罪をしようとする人」は、見ただけでは分からないからです。「不審者に注意しましょう」と言われても、注意のしようがないのです。むしろ、人間不信や差別意識を植え付けてしまうかもしれません。 たしかに、人間不信や差別を強
あと数日で40歳になるぜ!という状況の2023-06-20の記録。「おじさん」という概念についてはいろいろと思うことがあるので、自分の中のおじさん性との向き合い方というか、付き合い方というか、そういうことを書いてみる。 そのうち書くか〜と思っていたところでWOMANSHIPの野村高文さん出演回を聴いて、機運が高まった。 自分は「おじさん」か? 相対的なもので、場に依るな〜と感じている39歳男性です
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小学校でのボランディア活動で通っていた松本市の小学校の友人が「スマホかえた」と連絡をくれた。ひさしぶり〜。あの小学校のみなさんは元気にしているみたい。
「大阪の学校にいるの?」と質問してくれたところを見ると、ぼくが教職に就いていて転勤で引っ越したと思っているのかな。そうそう、彼女ら彼らとのやりとりってこんな感じだったわ、と懐かしくなって目が潤んだ。
ぼくはもうすぐ43歳になろうかというところで、現代の日本社会においては「働き盛り」とみなされる立場だと思う。根強い社会規範に照らし合わせていえば、男性であることでそうみなされる度合いが強いとも言えるだろう。
松本市民のときにやっていた小学校でのボランディア活動においても、今の自治会の活動においても、自分と同じような参加の仕方をしている同年代の人にはぜんぜん出会わない。小学校でのボランディア活動に参加している自分以外の人は「定年退職しました」な60代の人ばかりだったし、ここの自治会の役員のみなさんも60代か70代っぽい。事務の人たちはぼくと同じくらいかちょっと上かの女性ばかり。やはり30代40代な男性の姿はぜんぜんない。
たぶん、居住地域とは別のところでお仕事をがんばっていることが多いのだろう。働き盛りってのはそういうことだもんね。日本社会から期待されている役割ってのがあると感じる。
交通や通信の技術が発達する前までは「働く」と「地域社会に貢献する」の相関は強かったのだろうか? そんな気はする。今はお仕事を一生懸命にがんばろうとすればするほど、地域社会との関わりは弱くなってしまう構造があるのかもしれない。そんな中で自治会をいい感じに運営していくってのは、構造的な難しさを抱えた活動と言えそう。
小学校でのボランディア活動で、月曜日には松本市内の公立小学校に行く生活をしていた時期があって、そこで出会った小さな友人が「できれば、他の曜日もきてほしい」と言ってくれたこと。それ以来ずっと、心の支えのひとつになっている気がする。こういうことをひとつずつ集めていって、ぼくの命が支えられているような感覚がある。
釧路高専の1年生のときの音楽の授業で「曲をつくって歌ってみましょう」って回があって、シュウヘイとふたりでつくった「延長コード」って曲のことを今でもたまに思い出す。
大学の編入試験のとき、英語の筆記試験をやっていたら問題文にabsentmindednessって文字列を見かけて、まったく知らない単語が出てきて困ったな〜と思いつつ、あきらめずにabsent-minded-nessと区切りを探っていったら「欠席、心の状態、なこと… 心ここに在らず的な!?」と閃いてうまく問題を解けてうれしかった。ってのを思い出した。
こんな調子で、今日は押し入れのダンボール箱を開いて中をあさっているときみたいに、記憶のアルバムがめくれている。
お世話になっている現場で、業務委託で関わっている自分のような立場の人が何名か集まる会があって、雑にまとめると「みんな、どうやって仕事を得ているんですか〜」的な話があっておもしろかった。
いったん無職になったあとは「流れに乗る」を続けてきただけで、能動的・積極的にお仕事に手を出したわけではないので、たまたま今のような模様の生活をしているってだけなんだよな〜。たまたま声をかけてもらって相談に乗っていたらそれがお仕事になったり、とか、たまたま募集を見かけて小学校でのボランディア活動に関わってみたり、とか、最近はたまたま募集を見かけてデジタル化推進委員に応募してみて自治体の運営に関わるようになったり、とか、全体的にそんな感じ。
ただ、こうして書いてみて気付いたのは「流れに乗る」ではあるが「流されている」わけではないってことだな。断りづらくて引き受けちゃった、ってことはない。「乗る」ということに関しては能動的であったと言えそうだ。
転校生マインドがあって「動きが止まる」ことには恐怖を感じやすいところもあり、「流れの中に身を置きたい」という意向が反映されているところもあるかも。カウントダウン生活には、まさに「流れ」の活動の趣がある。さまざまな流れの中に身を置き、どの流れに乗るかは自分で選ぶ。そういう生き方なのかも。将来がわからなすぎる。
映画『小学校 〜それは小さな社会〜』を観た。数日前の2026-02-19にNetflixにて配信開始されていて、もともと観たいと思っていた映像だったから「観れるじゃん」と飛びついた形。公式サイトのtitleタグ、へんなところに半角スペースが入っていそうで心配。きのうも企業の半角スペースについての不安を日記に書いていた気がする。自分が心配。
いやー、おもしろかったですね。妻といっしょに泣いた。小学校でのボランディア活動で、ぼくは松本市内の小学校に1年半ほど関わっていて、否応なしにあの日々を思い出すことになった。塚戸小学校ね、ぼくの知っている現代の小学校の雰囲気にかなり近かった。
自分が小学校に関わっていたときに思ったのは「感情を揺さぶられることが多い」ってこと。この映像を観ていても、やっぱり感情にクるものがある。こういうときに「子どもは〜」「大人は〜」と二分することに慎重でありたいと思っているので、悩みながら感覚の整理を試みると。おそらく「コンフォート・ゾーンを飛び出して動いている人は、おもしろいし、ぼくの心を打つことが多い」と言えると思う。
ぼくが慣れた仕事だけ選んで1年間を過ごしたとしたら、仕事で泣く機会なんて一度もなかったりする。心がずっと平穏でいられて、特大の悲しみがなければ特大のよろこびもない、って感じになる。他方で、未知の領域に踏み込んでみると思わぬことが起きまくってぜんぜん結果をコントロールできない。これは疲れることでもあるが、感情に刺激をいっぱい受けるので、大事な時間だよな〜とも思う。そんで、小学生ってのは未知をいっぱいやっていっているので、尊敬ですねえ。未知に立ち向かう姿勢をぼくは尊敬しています。
教員の労働環境については「うーむ…?」と思いながら観た。もう何年もずっと「うーむ…?」という状況だと思うのだけれど、いくらか改善はされているのかな。先に「未知に立ち向かう」的なことを書いて、これは「質の苦労」みたいな話。小学校の教員については「量の苦労」がたいへんそうに見えて、これについては「量を減らす」を真剣にやった方がよいのでは、という感想がある。
あとは「みんなの前での叱責」については議論してみたい。企業でマネジメントを担当するときに「ほめるのはみんなの前で、とがめるのはふたりのときに」みたいな考え方があるじゃん。なんか、学校の現場では「とがめるのはみんなの前で」をヨシとしている雰囲気を感じるときもあって、どういう考えでその方針を採っているのかは聞いてみたいですね。興味がある。
自治体が月次で投函してくれる「◯◯だより」的な冊子やチラシを見ていたら、地域のボランティア募集のお話もあった。おもしろそうだな、と思う。松本では、このテンションで小学校でのボランディア活動につながったのだった。ここでもボランティアをやるか…?と考えてみて、今じゃないな、と手を出さない選択をした。
去年の6月くらいからAI Agentがとにかくおもしろいことになっていて、どうしてもソフトウェア的な活動から軸足を離しにくくなっている。2023年と2024年は「あまりソフトウェアばかりになりすぎないように」と、少し距離を取るような過ごし方をしていたのだけれど、2025年でだいぶ呼び戻されてしまったんだよな。まあ、仕方ない。乗るしかない、このビッグウェーブに、というテンションになってしまっている。
ここで「乗る」と言っているのは「流行りに乗る」ってのとも少しちがっていて、ぼくは技術トレンドに乗ろうとしてもうまく乗れないところがあるからさ、というよりはGreasemonkey、Ruby on Rails、Claude Codeに書いたような話で、AI Agentは自分にとっては魔剣なんだよな〜。道具として握っているはずなのに、自我を持っていかれるような引力がある。
たぶん2026年も、おもしろさに駆動されてソフトウェア的な活動の比率が高い過ごし方になると思う。そういう時期だと思って割り切って、しっかり楽しんでいこう。
メモ
Advent Calendarの担当日に向けて、ちょっとずつ考えをまとめていくか。
今年のふりかえりの一環で小学校でのボランディア活動のことを思い出していて。純朴声活の132が、当時のぼくの気持ちをちゃんとパッケージングしてくれていてありがたかった。2025-03-17の日記にも記録があるね。
COTEN RADIOの番外編がおもしろかった。会社を経営するときに「財務価値」に加えて「意味価値」も立ててやっていきましょうや、それがポスト資本主義的な経営ってことになるんやで、みたいな話。
ぼく個人の人生でいえば、「稼ぎの最大化」を目指さない方針を採り始めた2023年以降、それ以前と比べて意味価値に重きを置くようになった、と整理することができる。小学校でのボランディア活動やTeacher Teacherのお手伝いは意味価値を感じて取り組んでいると言っていい。それらに取り組むことも、そこで感じたことを文章や音声で発信することも、意味価値に通ずることだと思っている。
法人単位でも意味価値を定義して動くプレイヤーが増えたら…と考えると、かなりワクワクしてくるね。
「子どもはすてきな感性を持っている」みたいな言説があるが、ぼくはあんまりピンときておらず、もしかしたら「そうあってほしい」という願望の投影なんじゃないかとも思った。
- 小学校でのボランディア活動をやっていたとき、関わる児童の方々の発言にハッとさせられることは多々あった
- これを「自分とはちがう視点を持っている人の物事の捉え方には新鮮さを感じることが多い」と解釈している
- 相手が子どもだからおもしろいんじゃなくて、自分とはちがう視点を持っているからおもしろい、という説
- なので、相手が大人でも、立場がちがう人と話していると「へぇ、そういうふうに捉えるのか!」という発見があるよ
- 自分は「感性は磨かれていくもの」という捉え方をしていると思う、身のまわりにもすてきに感性を磨いているいろんな年代の人がいる
- もし「子どもの感性はすてき、大人はすてきじゃない」と感じているとしたら、自分とはちがう立場の人との関わりを増やしてみると発見があるかもね〜
小学校でのボランディア活動を通じて友人になった近所の小学生たちとイオンモール松本に遊びに行く約束をしていたのであった。いっしょにランチしたあとゲームセンターで遊んで帰ってきた。
お菓子をゲットしたぞ。
ぼくといっしょにメダルゲームで遊びながらにゃんこ大戦争も進める小学生、忙しすぎる。
Baskin-Robbinsでアイスクリームを食べた。これのことをBaskin-Robbinsって呼ぶと妻にツッコまれる。
帰りのくるみの中ではMrs. GREEN APPLEの『ダーリン』『ライラック』『ケセラセラ』をいっしょに歌っていて、青りんご婦人は小学生に人気だなあ、とあらためて感じたのであった。
朝、児童館的な施設(?)に行く。小学校でのボランディア活動で友人になった小学生に渡したいものがあって、春休みの間もこの施設はちょくちょく訪れる予定と聞いていたので突撃してみた形。連絡手段がないので足で挑むしかない。結果、会いたかった友人に会うことができて、約束していた本を渡せたのだった。ラッキー!原始的な生活。
終業式の日をもって、ぼくの小学校でのボランディア活動が一区切りとなった。はちゃめちゃにいい経験をさせてもらって、心から感謝している。純朴声活には終業式の日のことを吹き込んでおいた。気持ちが声に乗ったと思う。
いつもより少し早めに起き出して、小学校でのボランディア活動のために小学校に行く。今日もキラキラした瞬間がいくつもあったな。とてもありがたい時間。
とある店舗のドライブスルーを利用した。純朴声活でhotchpotchさんと話したときに「ドライブスルーに対する怖がりを克服したい」と言った通り、今年は「利用する回数を増やす」から実践していく。くるみを見た店員さんが「那須からいらっしゃったんですか?」と話しかけてくれて、商品準備の待ち時間がやわらかく埋まっていく。このへんじゃ那須ナンバーの自動車は珍しいもんね。店員さんは那須街道のあたりが好きみたいで、那須トークでわいわいした。
小学校でのボランディア活動のため小学校に行く。今日は、児童が「なくなった!」と騒いでいたのでいっしょに靴を探したり、別の児童が「こわれちゃった!」と騒いでいたのでリュックのファスナーを直そうと奮闘したりしていた。算数の授業の間ずっとファスナーと格闘していて、その状況を自分で客観視すると「ふふっ…」とおもしろくなったりもした。
「この世にお買得なものなど存在しない」というメッセージが込められた現代アートの様子です。
市街地をお散歩して松本市立博物館で休憩したり。
松本市役所の大手事務所へ。不思議なもので、松本市の教育委員会の人たちとお話する機会をいただきまして。小学校でのボランディア活動とTeacher Teacher方面の話と、大きくふたつのトピックについて話してきた。ぼくはボランティアで関わっている近所の小学校のことが大好きなので、あの小学校のすばらしいところをたくさん述べておいた。ポジティブなフィードバックなんてなんぼあってもいいですからね。
小学校でのボランディア活動の日。小学校の敷地内で拾ったまつぼっくりの形がハオだったので、うっかり持ち帰ってしまった。小学校に通っていると行動パターンが小学生のときに戻る?あのころは、いろんなものを拾って帰っては机の引き出しにしまい込んでいたな…。
小学校でのボランディア活動の日。いつもより少し早起きして身支度して小学校に行く。今日も楽しかった。
ひさしぶりに雷紋日和に行ってランチ。わしはここの炒飯が好きでな… もちろんラーメンもおいしいのだけれど、今日は「炒飯を食べたい」と思って訪れた。炒飯もおいしかった。
小学校でのボランディア活動に行く日。今日もおもしろかったなあ。帰宅して妻と合流してランチ。