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R-1がなにかを言いたそうにこちらを見ている。
ランチは自宅でERICK SOUTHのビリヤニを。きのうの夜に買っておいたやつ。妻が2階から降りてきて「風邪だわ〜〜〜」とダミ声で表明してきたので、ランチのあとでぼくはお買い物に行った。快復グッズを揃えるぞ。
お買い物の間、水曜日の縁側の「奢られる」の話を聴いていた。序盤から中盤にかけて「どういうこと???」とぼくにはピンとこない話が続いていて、今回のエピソードは最後まで聴かなくてもいっか、と途中で聴くのをやめようと思ったのだけれど。でも、なにか発見がある気がして最後まで聴いた。
もしかして「奢る」ことで相手をコントロールしようとする人間が存在するってことなのか???と仮説を持つに至ったので、最後まで聴いてよかった。自分はどうだろう、と考えてみると。奢る・奢られるに関わらず、いっしょに食事に行きたいと思える人としか行かないし、なにを食べるかは相談して決めるし、思っていることは言うし、面倒にならないように意外と気をつけているかも〜と思った。これは想像だけれど、ぼくのことを変な感じで誘ってくる人間はいないけれど、水曜日の縁側のおふたりにはそういう人間がいる、ってことか…??
今日はDiscord Personal ServerでEmacsやRSSの話をしていて、DiscordというよりはIRCって感じの雰囲気だった。限界集落っぽい、グッドな雰囲気。他にはSKKの話もしていきたい。
風邪気味の妻に食べさせようと思って、夕方にうどんな食べ物をばーんと生成した。大根おろしを生成して冷蔵庫に入れておいたら冷蔵庫が芳しいことになってしまっておもしろかった。
今日はKairanの開発を進めたり、Project HEをわっしょいしたり。おひさしぶりにビデオチャットをつないで話す相手もいたな〜。楽しく過ごしていたらあっという間に終わっていく。おやすみなさい。
家電のレビューを見ていたら「デザイン性が高い分、操作はしにくい」という記述を見かけて、デザインが見た目のことだと矮小化されている例をひさしぶりに見たぜ、と興奮した。
『薬屋のひとりごと』やCOTEN RADIOの菅原道真のシリーズなんかに触れていて、権力争い的な話題が耳に入ってくる。そういうエピソードを見聞きすると「ありそうな話〜」とは思うのだけれど、実際に自分の身の回りで起こった出来事を思い出すわけではなくて、フィクションの中でのあるあるとして捉えている気がする。「蹴落とす」とか「自分のために利用する」とか「足を引っ張る」とか、自分がそれ系とまったくの無縁だったとは思わないものの、可能な限りそういうのに関わらないように生きてきたんじゃないかと思う。少なくとも直近数年でその手の争いに巻き込まれた覚えはない。自分の人生に「敵」という存在を置きたくないんだよな〜。敵か味方か、って分け方をしていない。他方で、すぐに「敵」を設定したがる思考の人がいるのも知っている。
数日前にTHE TECHNO-OPTIMIST MANIFESTO by Marc Andreessenというページをつくり、日本語だと「テクノ楽観主義宣言」ってことになるかね、熟読はしていないけれどざっと目は通しておいた。けっこう批判されているってことを知った。ぼく個人は「へえ」「こういう考えもあるよね」くらいのスタンスで読んでいた。東京を離れてからテクノロジとの接し方には変化が生じた気がしている。
- 「テクノ楽観主義者宣言」にみる先鋭化するテック大富豪のイキり、そしてテック業界の潮目の変化 –WirelessWire News
- 著名VCマーク・アンドリーセンの「テクノロジー楽観主義宣言」が話題 = 物議の理由とは | The HEADLINE
「反・体制」「反・権威」的なポジションを取って力をつけていった人、自身が権威を帯びてきたときにアイデンティティ・クライシスに陥るってのはよくあるパターンだと思う。これに限らず、前提の変化に気付けないといろいろ見誤るのはそれはそうって感じなので、がんばって生きていかないとだよなあ……難。
きのうの風邪退治鍋のスープに中華麺を投じて夜ごはんにしたです。おいしかった〜〜〜。
「ポッドキャストには、TBSやABCが発信しているようなものだけじゃなく、市井の人々が発信している番組もある」的なことが言われていて、ぼくとはぜんぜんちがう見方をしているな〜と感じておもしろかった。軸足がマスメディアにあるかソーシャルメディアにあるか。同じものを別の角度から見ている感じ。
五・七・五の語感がいいのは知っていたけれど、四・四・五ってのもあるか。たしかに。最初に思い浮かべたのが「ラミパス・ラミパス・ルルルルル」だった。
花束 みたいな 恋をした
逃げるは 恥だが 役に立つ
悪魔が 来りて 笛を吹く
4文字・4文字・5文字のリズムが気持ちいい
『水曜日の縁側』のエピソード126を聴いた。結婚にしろ雇用にしろ、契約を「更新制」にする案はぼくはけっこうポジティブに捉えている。年次くらいで話すタイミングがあるのはいいと思う。
今日のウェブログ
水曜日の縁側の最新エピソードを聴いた。個人名よりも過去の所属が強くメンションされると悲しいよね、みたいな話。逆に、個人として扱ってもらえるととてもうれしい、という話もあった。そうだよなあ、と思う。
やいやいラジオのエピソード169でも似たようなことが言われていたと記憶している。ぼくも、まずは自分自身が自分を個人として扱うのがよかろうと考えて、最初に名前を名乗るようにしている。
水曜日の縁側の「二足の草鞋」回がおもしろかった。自分は20代後半に「会社員のお仕事 + コミュニティ活動ふたつくらい」がちょうどいいな、という自分なりの日々の過ごし方を見つけて、本業一本全集中よりも安定したパフォーマンスを発揮できる道があるのだな〜と気付いた。本業一本全集中がマッチしている人もいるだろうし、それぞれが自分にとってハッピーなスタイルを見つけていけたらいいよね。

