Mentioned in topics
ちなみに、「Sonder」とは比較的新しい造語で「他人が自分と同じように複雑な人生を生きているという感覚や気づき」を指す言葉とのことです。初めて知りました。 111. Sonder - by MASASHI YAMAZAKI - 優しく易しく親しみのある表現を持て マーシーのニュースレターで知った概念。 「Sonder(ゾンダー)」という言葉は、正式な英単語ではありませんが、2012年ごろに登場し
songmuさんの記事と、そこに貼られている資料がよかった。 でも実際は一つ一つの経験には大きな意味がある。普遍的ではないかも知れないが、それでも話してみると、自分が思っている以上に多くの人の参考になったり、勇気づけられたりするものだ。むしろ、キャリアの進み方が普遍的な一本道に収束せず、多様な生き方があることに価値があり、業界に持続性がもたらされるのだ。 再現性の無い多様なキャリアの前例があること
ここのHelpfeel Cosenseで日記を書いて、キマグレエフエムや純朴声活で音声配信をやって、かつてはおつかれシャワーや週刊少年オオワダやjune29.jpを更新していた時期もあって、メディアは変われどかれこれ十数年は日常的な「近況報告」を続けている。 特定の誰かに宛てるわけではなく「受信したい人がいればご自由にどうぞ」というスタンスでの近況報告を好んで続けている。 また、自分以外の人々が公
From 日記を書くのは「本日の肯定」のため。割愛された「生きる」を見つめて - ジモコロ 「大きな物語」と「小さな物語」の話。日記を書くことで小さな物語を大事にできるかも、と感じて日記書きとして勇気をもらったような感触。 土門:周りの人に母はよく「大変だね」と、少し同情されるように言われていました。そんな母を見ているうちに、「このままだと母は本当に『可哀想な人』になってしまうな」と思ったんです。
Mentioned in days
ハイパー起業ラジオではAuthenticityの話がおもしろかった。きれいに結晶化した「ミッション・ビジョン・バリュー」の類もいいけれど、今なら、組織内の会話を1年分とか収集しておいて、そこから「こういうことを大事にしている現場です」と抽出できるってのはそれはそうかも。
ぼくが小さな物語を好んでいて、人々の日記の類を好んで摂取しているのも、相手のAuthenticityを感じたいからなのかもしれない。きれいに1ページにまとめられたプロフィール・ページにアクセスするだけでは感じ取れないものを、その人の日記を1年間とか通読していると感じ取れたりする。それこそが「この人だよね」と思いたい、というか。ぼくの日記や純朴声活やキマグレエフエムや、かつての週刊少年オオワダやおつかれシャワーなどの蓄積には、Authenticityがいくらか宿っていると言える気がする。
Generative AIによって生成されたコンテンツが今後ますます増えてくるであろう中で、ぼくがぼくであることを示していける、ある意味での「手書き」「手作り」っぽいものを記録し続けたいな。
もっと外へ、もっと内へ
- 行ったことのない場所に行って、これまで接点のなかった人たちと話す機会があり、だいぶ楽しかった
- 最近はMAZZELがとても好きで、自分の中にこういう感情があったのか〜と気付かされておもしろい
- 小さな物語、カウンターカルチャー、個性の尊重、対話とコラボレーション、そういうのが大事
ランチを食べにいくぞ〜と自宅の外に出たところで、隣の家の人がゴーヤをくれた。ゴーヤって、ネットなんかを張っておくと巻き付いて登るような育ち方をするんだね〜。きゅうりと同じ、と言われればそうか。
もつ煮込み定食。おいしい!
食事の途中でゴーヤに着信があったのでドッピオした著者の近影です。
断面図みたいなものを見せてくれている木があって、おもしろいな〜と思って写真を撮った。
わしはこういうのが読みたくてウェブにアクセスしているんだよな、と感じさせてくれる読み物たちと出会えているきのう今日。ありがたい。
- 100: 中学校からやり直す | text.hmsk.me
- チームの雰囲気はMSG–Spinach Forest
- "提案"のレベルを上げる - Konifar's ZATSU
- OSSで世界と戦うために - ゆーすけべー日記
約1年前までhsbtやkenchanと同じ現場でお仕事していたんだよな、と思ってしみじみしていた。それぞれの場所でみんな元気にやっているようでなにより。こういった個々人の物語に触れられるのもウェブのおかげ。小さな物語を愛でていく。
プログラミングのためのテキストエディタとしてCursorの試用を開始した。数年前に「思い切ってVS Codeに移行しちゃお」ってことにして、カスタマイズもあんまりせずに素に近いVS Codeを触ってきたので、Cursorもほとんど変わらない使用感で使い始めることができた。ChatGPTが組み込まれているVS Codeって感じ。
Cursor - The AI-first Code Editor
https://cursor.sh/
VS Codeでいう code みたいなコマンドとして cursor ってコマンドが提供されていて、何度か打ってみたところぼくはcursorをすらすらと打てないってことがわかったので c にaliasしておいた。その昔は e でEmacsにファイルパスを渡していて、それを思い出したりした。
手元の開発環境で起動したRails製のウェブアプリケーションが、うっかりhttpsを強制する設定になっていた。BraveとVivaldiで一度そこにアクセスしてしまったら、次にhttpでアクセスしようとしてもアドレスバーがピピッとhttpsになってしまう。下記の記事ではChromeのケースが説明されていて、ほとんど同じような項目がBraveにもVivaldiにもあるので試しに閲覧履歴の中のそれっぽいものを消してみたらhttpでアクセスできるようになった。セフセフ。
Chromeで http://localhost:3000 にアクセスするとhttps:// に強制リダイレクトされてしまうとき - 約束の地
Friday the 13thじゃん。前回は2023-01-13かな。なにかの実がなっている、朝の散歩道。
下の写真の中央付近にはネッコがふたり写っている。ぼくから離れるように、ふたりで逃げていく。
北海道にいる親戚から手土産的に持たせてもらったお米。ゆめぴりかとななつぼし。今では北海道米は、少なくとも北海道民にとって珍しいものではなくなったけれど、広まったのはわりと最近なんだよな。ぼくが小学生くらいの時期にきらら397ってのが売り出されていたような覚えがある。そのあと「米チェン!」と言って北海道米への移行を促すようなテレビCMが流れていたはず。
「北海道米の歴史」ってページにおおまかな流れがまとまっていた。おもしろい。
北海道米の歴史|北海道のお米
https://www.hokkaido-kome.gr.jp/about/history/
森永のビスケットサンドがるろうに剣心とコラボしているようで「台詞が雑」と話題になっているのを見かけた。興味を持ったのでコンビニに寄ったときに買ってみた。たしかに雑。ぼくの友人の中でもっともるろうに剣心への愛が強いであろうあずさ殿に連絡して感想を伺うなどした。おもしろい。
今日は、いつもの授業サポートとは別の用事があって小学校を訪れた。校内を移動しているときに授業でよくいっしょになる人々と会って「え〜?なんで今日もいるの?」「なにしているの?」と絡まれて会話を楽しんだ。◯◯の用事があってきたんだよ、と答えると「できれば、その用事が終わったら(いつもの授業サポートに)きてほしい」と言ってくれた人がいて、こうして求められるのは本当にうれしいことだなあ、と思った。
小学校のすぐ隣にある畑の持ち主であるおじいちゃんと話す機会があった。今では畑の半分を小学校に貸し出していて、そこでは児童たちが作物を育てていて、去年はこの時期にさつまいもを収穫して焼きいもにして食べるイベントがあったんだとか。後日、児童たち数十名からお礼の手紙が届いて、それは額に入れて飾ってあるとのこと。子どもたちに声をかけてもらうと元気が出る、と教えてくれた。大事な大事な、小さな物語だ。詳細はわからないけれど、なにやら開校準備のときから関わりがあるみたいで?桜の苗木を植えた話とか、校歌の作詞に参加した話とか、お宝エピソードをたくさん持っていそうだった。もっとゆっくり話してみたいな〜。
ぼくが取り組んでいる小学校でのボランディア活動は、いろんな軸で見ることができる。無償のボランティアなので報酬はないものの、やっていることは「労働」に似た面を持つ。学校という場で発生するさまざまな事象から学びを得ることはとても多くて、ある意味では「学習」のために訪れているとも言えるだろう。人々と接していて心を動かされることもあり、先述のおじいちゃんのお話を聞かせてもらっているときなんかはドキュメンタリーに触れている気分に近く、映画を観るかのように物語を「消費」しているかもしれない。
親戚の小学生と週1くらいでビデオチャットをつないでのお勉強タイムを設けている件について、その親と今後について少し相談した。ぼくからは「もしぼくと話す場を持つことでプラスになるようなら、継続していきましょう」という旨を伝えた。そしたら「プラスになると思います!」と真正面からの返答があり、やはり、誰かの役に立てると感じられるのは尊い体験だ。