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ブロードキャスト型のやりとりが基本になっている
2024-05-23

ここのHelpfeel Cosenseで日記を書いて、キマグレエフエムや純朴声活で音声配信をやって、かつてはおつかれシャワーや週刊少年オオワダやjune29.jpを更新していた時期もあって、メディアは変われどかれこれ十数年は日常的な「近況報告」を続けている。 特定の誰かに宛てるわけではなく「受信したい人がいればご自由にどうぞ」というスタンスでの近況報告を好んで続けている。 また、自分以外の人々が公

直近15年間のふりかえり (2008〜2022)
2023-03-26

自分の人生が一冊の本になるとしたら、たぶん2008年から2022年までがひとつの章になるんじゃないかと思っている2023-02-06の自分がこのページをつくった。ここまでの長い期間を対象にふりかえりをやるのは初かも。 ざっくり章立て 1983〜1999 : 生まれてから義務教育を終えるまで 1999〜2008 : 高専に入学して情報工学・情報科学に触れて大学・大学院でウェブに魅せられるまで 200

新たなスターを誕生させる場
2020-09-24

新しいプラットフォームやゲームが登場したとき、それが A. 既存の場ですでに勝っている人が、そこでも勝つ B. 既存の場では勝てていない人が、そこでは勝つ どっちのパターンだろうか、ってことをけっこう気にする。ここでいう「勝ち負け」ってのは細かいことをいったん置いておいて単純化してある。 ぼくの好みは A よりもBに寄っている。ぼくが2000年代初頭に夢中になったウェブってのは、既存のマスメディア

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In 2023-11-09 Thu Read full day →

家電のレビューを見ていたら「デザイン性が高い分、操作はしにくい」という記述を見かけて、デザインが見た目のことだと矮小化されている例をひさしぶりに見たぜ、と興奮した。

『薬屋のひとりごと』やCOTEN RADIOの菅原道真のシリーズなんかに触れていて、権力争い的な話題が耳に入ってくる。そういうエピソードを見聞きすると「ありそうな話〜」とは思うのだけれど、実際に自分の身の回りで起こった出来事を思い出すわけではなくて、フィクションの中でのあるあるとして捉えている気がする。「蹴落とす」とか「自分のために利用する」とか「足を引っ張る」とか、自分がそれ系とまったくの無縁だったとは思わないものの、可能な限りそういうのに関わらないように生きてきたんじゃないかと思う。少なくとも直近数年でその手の争いに巻き込まれた覚えはない。自分の人生に「敵」という存在を置きたくないんだよな〜。敵か味方か、って分け方をしていない。他方で、すぐに「敵」を設定したがる思考の人がいるのも知っている。

数日前にTHE TECHNO-OPTIMIST MANIFESTO by Marc Andreessenというページをつくり、日本語だと「テクノ楽観主義宣言」ってことになるかね、熟読はしていないけれどざっと目は通しておいた。けっこう批判されているってことを知った。ぼく個人は「へえ」「こういう考えもあるよね」くらいのスタンスで読んでいた。東京を離れてからテクノロジとの接し方には変化が生じた気がしている。

「反・体制」「反・権威」的なポジションを取って力をつけていった人、自身が権威を帯びてきたときにアイデンティティ・クライシスに陥るってのはよくあるパターンだと思う。これに限らず、前提の変化に気付けないといろいろ見誤るのはそれはそうって感じなので、がんばって生きていかないとだよなあ……難。

きのうの風邪退治鍋のスープに中華麺を投じて夜ごはんにしたです。おいしかった〜〜〜。

「ポッドキャストには、TBSやABCが発信しているようなものだけじゃなく、市井の人々が発信している番組もある」的なことが言われていて、ぼくとはぜんぜんちがう見方をしているな〜と感じておもしろかった。軸足がマスメディアにあるかソーシャルメディアにあるか。同じものを別の角度から見ている感じ。

五・七・五の語感がいいのは知っていたけれど、四・四・五ってのもあるか。たしかに。最初に思い浮かべたのが「ラミパス・ラミパス・ルルルルル」だった。

花束 みたいな 恋をした
逃げるは 恥だが 役に立つ
悪魔が 来りて 笛を吹く
4文字・4文字・5文字のリズムが気持ちいい

『水曜日の縁側』のエピソード126を聴いた。結婚にしろ雇用にしろ、契約を「更新制」にする案はぼくはけっこうポジティブに捉えている。年次くらいで話すタイミングがあるのはいいと思う。

In 2023-10-03 Tue Read full day →

地域で行われているイベントの運営をお手伝いして、交通安全の旗を振ってきたよ。

ぼくも小学校でのボランディア活動に参加しているわけだけれど、研修的なやつはないんだよな〜。先生たちとの顔合わせのみ。長くて難しいのは困るけれど、まったくなにもないってのも不安なのであった。専門的な知識を獲得できるちょっとした講習でもあったらうれしいな、と思う。構造化が進んでほしいと期待している。

子の学校のボランティアに参加するにあたり州に必須化されているonline trainingをやったが、会社ので受けるやつより一段と長い+難しくて疲弊。虐待されてる子がいたら報告する義務があるよという内容なのでコンテンツも心を削られて大変でした。
Spinach, September–Spinach Forest

夕方、先週の帯広滞在のときに仲良くなった親戚の小学生とビデオチャットでわいわいする。「うちの子の勉強を見てもらえないか?」と両親から相談を受けていて、ぼくが役に立つかはわからないけれど、遠方の友人とビデオチャットするのは楽しそうと思って引き受けることにした。

もしこれがIn Personの取り組みであれば大きな紙や色とりどりのペンや付箋なんかをたくさん用意して楽しい雰囲気づくりに努めただろうけれど、今回は画面越しのやりとり。ならばソフトウェアをめいいっぱい活用して楽しい場にしようと考え、事前にmmhmmで画面を作り込んでおく。ダンボール箱から登場したらウケていたからよかったね。

ウェブブラウザをひとつ画面共有で映しておけば、スッとGoogle Mapsを表示して「長野県はどこだろう?」と話したり、向こうが教えてくれたものについて画像検索してみたり、会話の内容にあわせてあれこれ表示できて便利だった。お勉強タイムではGoogle Slidesを表示させて黒板のように使った。けっこういけるな〜。

下の写真はファミリーマートで撮ったやつ。夏油傑さんと五条悟さんのカップ。

朝日新聞ポッドキャストの『ニュースの現場から』『MEDIA TALK』のエピソードをつまみ食いしている。

マスメディアとそこで働く人々に対して、自分の中によくない先入観があったな〜と気付く。こうしてポッドキャストを通じて中の人たちの声を聴いてみると「社会をよくしたいと考えて行動している」という印象を受ける。「知らない」というのは怖いことで、知らないから勝手に遠くに感じて、自分とはぜんぜんちがう、話が通じない、などの悪い想像をふくらませてしまう。

知識によってすべての偏見をなくせるとは思わないけれど、知識によって打破できる偏見や差別はあるとも思っている。無知からくる想像力の欠如を減らしていきたい。

In 2022-08-17 Wed Read full day →

タイムライン型の古き良きSNSは、おすすめショート動画型に駆逐されてしまうのか|徳力基彦(tokuriki)|note

ソーシャルグラフによって表示されるコンテンツが決まるソーシャルメディア、と思って2010年代を過ごしてきたけれど、だんだんとマスメディア的な性質に寄っていっているのはおもしろいなあ。

In 2020-04-13 Mon Read full day →

新型コロナウィルスの感染拡大に備えた全社的在宅勤務体制 53営業日目。週末をゆっくりと過ごしたからか、体調は悪くない感じがする。雨が降っていて、風もけっこう強いっぽい、そんな日。

今日は、きのうの余りのタコしゃぶや箱買いしたせとかなんかを食べて楽しんでいる。

このあたりを読んで。COVID-19時代の人々の日記、あとから読み返すことを考えると貴重なものなので、見かけるたびに飛びつくような気持ちで読んでいる。今のぼくの状況はうなすけさんのものに近いかもしれない。これまでも自宅でお仕事することがあって、環境をある程度まで整えた状態で今の状況を迎えているので快適に過ごせている。他方、masawadaさんの状況ってのは20代終盤までの自分を思い出す。自宅はほとんど「寝るための場所」って感じで、そこにコストをかけずにいた。あの時期に「外出自粛!」となっていたら、なかなか大変だっただろうと想像する。何日か前の日記にも書いた通り、自分は「運がいい」としか言いようがない。

masawadaさんが書いていた

全てがつらい。怒っているひとがあまりに多すぎる。特にTwitter。

を引用する形でうなすけさんも共感の意を示していた。ぼくはこのあたりうまく運用できている実感があって、流れ弾に被弾するタイプのメディアから距離を置いてしまっている2020年なので、ウゲッとなる類の情報を回避できている。フィードリーダを使って友人たちのブログやらScrapboxやらを見ている分には平和で楽しいことばかり。マスメディアにおいてもソーシャルメディアにおいても、ワイドショー的なコンテンツには近寄らないようにしておく。

In 2020-03-22 Sun Read full day →

今日の学び

ソーシャルメディアはマスメディアに対するカウンターカルチャーとして存在している面があるよな、と思った。「自分たちのモノ」感が強いというか。そこになにか大きな意図が介在することを嫌う傾向があるというか。きのう観た『The Great Hack』の影響もあって、こんなことを考えるのだろう。自分の意思は、どこまで自分のものであろうか。

『違国日記』『メタモルフォーゼの縁側』『私の少年』『水は海に向かって流れる』に言及してみて、登場人物の多様性に思いが至る。そうして「今の自分は、似たバックグラウンドを持った、似た価値観の人たちとばかり交流していないか?」と自問してみる。コンフォート・ゾーンに留まってはいないだろうか。未知のことに挑戦しているだろうか。

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