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From 「フクロウを描け」と会社のバリューに書く理由 | Coral Capital Twilioのバリュー、行動規範のお話。9つあるうちのひとつが「フクロウを描け」とのこと。おもしろい。 フクロウの絵を描かなくてはならなくなるのがスタートアップです。フクロウなんて描いたことなんてないし、描き方のマニュアルもありません。周囲に聞いても誰もやったことがなかったりします。でも、あなたはフクロウを描か
2019年のふりかえりのためのページ。年末に思い出せるように、都度でメモっていく。 トピック コンフォート・ゾーン 北海道滞在2019夏 大和田チャレンジ スポーツウェア、靴下 『クリエイティブ都市論』『福岡市を経営する』 地域の情報 2019-10-27 Sun : 翌日のシチュー 『人口減少社会のデザイン』『日本人の勝算―人口減少×高齢化×資本主義』 運動 お散歩 フィットネス・ジム リングフ
2019-01-08 退勤して、自宅に向かって移動しているときに「これかな」と思った。 2018年の家庭のふりかえりをFun/Done/Learnのメソッドで奥さんとやってみたら、ふたりともLearnのところで「退屈」という単語を含めて書いた項目があった。これはなかなかおもしろいことだと思う。 ぼくは「退屈」が怖い。ブログに書いた東京にきてから10年が経った - #june29jp にも退屈が怖い
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映画『小学校 〜それは小さな社会〜』を観た。数日前の2026-02-19にNetflixにて配信開始されていて、もともと観たいと思っていた映像だったから「観れるじゃん」と飛びついた形。公式サイトのtitleタグ、へんなところに半角スペースが入っていそうで心配。きのうも企業の半角スペースについての不安を日記に書いていた気がする。自分が心配。
いやー、おもしろかったですね。妻といっしょに泣いた。小学校でのボランディア活動で、ぼくは松本市内の小学校に1年半ほど関わっていて、否応なしにあの日々を思い出すことになった。塚戸小学校ね、ぼくの知っている現代の小学校の雰囲気にかなり近かった。
自分が小学校に関わっていたときに思ったのは「感情を揺さぶられることが多い」ってこと。この映像を観ていても、やっぱり感情にクるものがある。こういうときに「子どもは〜」「大人は〜」と二分することに慎重でありたいと思っているので、悩みながら感覚の整理を試みると。おそらく「コンフォート・ゾーンを飛び出して動いている人は、おもしろいし、ぼくの心を打つことが多い」と言えると思う。
ぼくが慣れた仕事だけ選んで1年間を過ごしたとしたら、仕事で泣く機会なんて一度もなかったりする。心がずっと平穏でいられて、特大の悲しみがなければ特大のよろこびもない、って感じになる。他方で、未知の領域に踏み込んでみると思わぬことが起きまくってぜんぜん結果をコントロールできない。これは疲れることでもあるが、感情に刺激をいっぱい受けるので、大事な時間だよな〜とも思う。そんで、小学生ってのは未知をいっぱいやっていっているので、尊敬ですねえ。未知に立ち向かう姿勢をぼくは尊敬しています。
教員の労働環境については「うーむ…?」と思いながら観た。もう何年もずっと「うーむ…?」という状況だと思うのだけれど、いくらか改善はされているのかな。先に「未知に立ち向かう」的なことを書いて、これは「質の苦労」みたいな話。小学校の教員については「量の苦労」がたいへんそうに見えて、これについては「量を減らす」を真剣にやった方がよいのでは、という感想がある。
あとは「みんなの前での叱責」については議論してみたい。企業でマネジメントを担当するときに「ほめるのはみんなの前で、とがめるのはふたりのときに」みたいな考え方があるじゃん。なんか、学校の現場では「とがめるのはみんなの前で」をヨシとしている雰囲気を感じるときもあって、どういう考えでその方針を採っているのかは聞いてみたいですね。興味がある。
朝起きて身支度を整えて、ダンス教室のレッスンに向かう。2025-09-20でお別れになったと思っていた先生、別の場所でまたレッスンを続けられることになったみたいで、あらためてお世話になる。変わらずお元気そうでなにより。まあ、2ヶ月も経っていないか。ぼくの自宅から見ると、以前の場所より少しだけ遠くで開催されることになるが、それでも気軽に通える距離なのでありがたい。
実は先週土曜日にはレッスンが始まっていたのだけれど、ぼくは宗像に行っていたので欠席した。今月は『Checklist by MAX』と『ブラザービート by Snow Man』の2曲をやっていくみたい。先週分のビハインドがあるので気合いを入れて取り組む。
ブラザービートの振り入れのとき、先生のリズムを取る掛け声が「いち、にー、さん、しー」「ワン、ツー、スリー、フォー」「イー、アル、サン、スー」と3パターンあっておもしろい。トリリンガル。「この歌のときは混乱すんねん」とのこと。
今日は参加者が少人数だったからか、振り入れが区切りのよいところまで進んだところで「一人ずつ踊ってみせる」時間があって、けっこう緊張した。この場では自分がいちばんダンスの経験が少ない。みんなで振り入れしてもらっているときには動く体も、見られている中で自分だけが踊るとなったら動かなくなったりする。書籍『情熱プログラマー』の「一番の下手くそでいよう」のことを思い出したりする。ここはコンフォート・ゾーンの外だな、と思えて生を感じる。
第1章 市場を選ぶ
1先んずるか、やられるか
2需要と供給
3コーディングはもう武器にならない
4一番の下手くそでいよう
情熱プログラマー ソフトウェア開発者の幸せな生き方 | コンピュータ・一般書,プログラミング・開発,その他 | Ohmsha
あと、レッスンが始まる前のちょっとした空き時間のとき、先生が流してくれている音楽を聴いていた。自分が初めて聴く曲に合わせて試しに適当に体を動かしてみる。これは『ワンダンス』の影響ね。おもしろいもんで、ある程度は曲の進行って想定できるよね。「これが繰り返されたあと、盛り上がりが訪れそう」とかね。バトル・ダンサーの人たちは、これをリアルタイムに処理して、自分の動きの引き出しの中から状況に合わせたものを繰り出すってことよね。その領域の入口の扉に手がかかった感じがしてワクワクした。
それにしても、関西弁で陽気にしゃべって大きな声で笑う人たちと過ごす時間は、精神にポジティブな影響を受けまくりそうでありがたい。場の雰囲気が好み、ってのも通いたくなる要因のひとつと言えるだろう。
コンフォートゾーン
私にとって感性の拡張こそ生きる醍醐味なので、各ジャンルの者が内に籠らずオススメしてくれるのはありがたい事。少しずつnot for meの外に出てゆきたい。
/yuta25/少しずつnot for meの外に出てゆきたい
コンフォート・ゾーンの外に出る、的な意味で捉えた。「not」と「外」が重なると二重否定っぽくなってむつかしい気がする。「for meの外」と言ってもいいかもしれないね。「for meの外」が「not for me」か?
今日の暮らし
いがじゅんランチ Vol.93を開催した。RubyKaigi 2022、連休、那須塩原、神山まるごと高専などについて話した。
話していてカルマトークンみたいなアイディアが出た。「借りがある」みたいな状態を表現して、借りを返すまでは機能が制限されるような仕組みのアプリケーションがあるとおもしろいかも。借りる、返す、借りる、返す、の繰り返しがカルマトークンに記録されていって、クレジットカードみたいに社会信用スコアが貯まっていくイメージ。
写真は、ペーパータオルを入れてあるケースがだんだんと自然に還ろうとしていく様子。
お仕事において、ディレクタさんとデザイナさんとぼくの3人で相談する会があった。顧客にチャレンジの機会を提供するような取り組みがあって、場をつくる私たちひとりひとりにとってもチャレンジがありますね、という話になって気分がよかった。コンフォート・ゾーンの外に足を踏み出していくぞい。
ところでTwilioって、パッと見でアイとエルの数を把握しにくくない?
chira_rhythm55 nmyがお土産として持ってきてくれた茅乃舎の「かしわ飯」ってやつを夜にいただいた。うまい!
すごい雑に単純化した見方でコメントすると、ぼくが身を置いている社会において人々がふたつに分断されていると感じてしまって厳しいぜ。人間同士が汚い言葉で罵り合っているような場面は見たくねぇもんだな。はー、厳しい。ビーフシチューでもつくって気持ちを落ち着けよう。
コンビニに行ったとき、マイナポイントがどうのこうのと言っているお客さんと、それに対応している店員さんのやりとりが気になった。店員さんも困っている様子だったので、ぼくも会話に参戦して、手持ちのスマートフォンを駆使して情報を仕入れて「ここの店舗ではその手続きはできなくて、近くにあるここのコンビニだとできるみたいですよ」と伝えるなどした。手続きがうまく進んでいるといいなあ。
今日の暮らし
ここのところは日々の満足度が低め。ためしに100をマックスとして数値化を試みると、調子がいい時期は90前後のところが最近は60〜70がたまに出てしまう、という感じ。ひどい目に合ったりつらい出来事があったりするわけじゃなくて、自分自身に対する期待の持ち方が乱れているってところだろうか。「こういうことをやろうと思ったのに、ぜんぜんうまくできなかったなあ」みたいな。こうして書き出してみて、コンフォート・ゾーンの外での活動が増えているってことでもあるな、と気付いた。日記は便利。
あとは、次の「今日の健康」のセクションにもあるように、今季の猛暑とうまく付き合えていないというのもある。
今日の自由研究
きのうの日記に書いた通りProject Emopの技術選定をどうすっかな〜と考えていたのだけれど、昨晩にお布団に入団したあとで「こうするとよさそう」という案が浮かんだ。お布団のチカラ。
検証が必要だな〜と思っていることを書き出してリストにして、ひとつずつ確認していった。事前検証はだいたい終わり。ここから先は、これまでにやったことのない実装作業なもんで、今日は下調べに時間を使った。コンフォート・ゾーンから外れていていい感じだと思う。明日から手を動かしていけるといいね。
今日の学び
ソーシャルメディアはマスメディアに対するカウンターカルチャーとして存在している面があるよな、と思った。「自分たちのモノ」感が強いというか。そこになにか大きな意図が介在することを嫌う傾向があるというか。きのう観た『The Great Hack』の影響もあって、こんなことを考えるのだろう。自分の意思は、どこまで自分のものであろうか。
『違国日記』『メタモルフォーゼの縁側』『私の少年』『水は海に向かって流れる』に言及してみて、登場人物の多様性に思いが至る。そうして「今の自分は、似たバックグラウンドを持った、似た価値観の人たちとばかり交流していないか?」と自問してみる。コンフォート・ゾーンに留まってはいないだろうか。未知のことに挑戦しているだろうか。
- Queer Eye: We're in Japan!の「クレイジー・イン・ラブ」の回を観た
- https://www.netflix.com/watch/81046035
- 今回はカンさんという男性の回
- 残り2つのエピソードも観ていくぞ〜
- ぼくは、自分にとって居心地のいい、自分がマジョリティでいられる場所ばかりに身を置いていないか?と自問した
- コンフォート・ゾーン
- 自分に合った場が見つかっていて、そこにいることが許されている、これ自体は幸せなことだと思う
- でも、もっとマイノリティになってみたいという気持ちがある気がする
- まわりが自分とはぜんぜん違う属性で、考え方で、価値観で、そういう場でも自分でいられるのか、感謝されるような存在であれるのか、に興味があるのかもしれない
- ちゃんとマイノリティになれれば、今より他者にやさしくなれそう、という期待があるのかもしれない
- 元同僚のAsuforceくんの日記から引用
英語をやっていて頭に浮かんでるし発言できないとかわからないふりをしてしまう状況を先生に見抜かれた。自分でも言ったほうがいいとかはわかってるけど、できないって時は失敗を恐れてるんだなと実感した。
自分でもわかっていても人に言われないと確証が持てないこともある。これを言われた事でとにかく思ったことや浮かんだことを言うように意識するようになった。
- めちゃいい…コンフォート・ゾーンを飛び出して成長を掴み取っているように見えた
- 自分ももっともっと、未知のことに挑んでいきたい