小学校 〜それは小さな社会〜

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created: 2026-02-25 / updated: 2026-02-25

読んだ・観た・聴いた2026

小学校、塚戸小学校、学校、教育、ドキュメンタリー

「6歳児は世界のどこでも同じようだけれど、12歳になる頃には、日本の子どもは“日本人”になっている」

イギリス人の父と日本人の母を持つ山崎エマ監督は、大阪の公立小学校を卒業後、中高はインターナショナル・スクールに通い、アメリカの大学へ進学した。ニューヨークに暮らしながら彼女は、自身の“強み”はすべて、公立小学校時代に学んだ“責任感”や“勤勉さ”などに由来していることに気づく。
「6歳児は世界のどこでも同じようだけれど、12歳になる頃には、日本の子どもは“日本人”になっている。すなわちそれは、小学校が鍵になっているのではないか」との思いを強めた彼女は、日本社会の未来を考える上でも、公立小学校を舞台に映画を撮りたいと思った。
1年間、150日、700時間(監督が現場で過ごしたのは4,000時間)に及ぶ撮影と1年を要した編集を経て完成した本作には、掃除や給食の配膳などを子どもたち自身が行う日本式教育「TOKKATSU(特活)」──いま、海外で注目が高まっている──の様子もふんだんに収められている。日本人である私たちが当たり前にやっていることも、海外から見ると驚きでいっぱいなのだ。
いま、小学校を知ることは、未来の日本を考えることだ、と作品は投げかける。

監督
山崎エマ

プロデューサー
エリック・ニアリ

エグゼクティブプロデューサー
安田慎 杉江亮彦 國實瑞恵

コープロデューサー
ウーティ・ロウス リュック・マルタン=グセ 金川雄策

撮影監督
加倉井和希

特別撮影
ジョン・ドニカ

録音
岩間翼

編集
山崎エマ

共同編集
井手麻里子 鳥屋みずき

カラーリスト
佐藤文郎

ミキサー
アンドリュー・トレイシー

音楽
パイビー・タカラ

Mentioned in days

In 2026-05-03 Sun Read full day →

妻をリフレッシュさせた方がよさそうだったので、外に連れ出してTULLY'S COFFEEに着席して過ごす。

ぼくは、土門蘭さんによる書籍『ほんとうのことを書く練習』を読み進めていた。

「文章に個性を出そうとしなくていい。個性は消して、消して、消しなさい。そうして残ったものが、あなたの個性だよ」

  • SKY-HIさんも似たようなことを言うよな

だけど、最初からこわかったのだろうか。私たちはみんな、のびのびと「ほんとうのこと」を書いていた時期があったのではないだろうか。

ぼくが慕っているソフトウェア・エンジニアの人たち、自分用のメモを書くのがうまいと思っていて。よく使っているソフトウェアに関して「こんな機能があったの知らんかった、便利じゃん」みたいなやつが書かれるブログ記事の類が好みだ。こういうときに、その機能の解説記事を書かなくていいと思っているんだよな。機能の解説であれば公式ドキュメントで十分なことが多い。「長いこと使っているのに、知らなかった」とか、そういう文脈の方に意味が宿っていると感じる。

それから、𝕏のような場は、とにかく「ほんとうのことを書く」のに向いていないと思う。おもしろい書籍なので続きも読んでいこう。

In 2026-02-24 Tue Read full day →

映画『小学校 〜それは小さな社会〜』を観た。数日前の2026-02-19にNetflixにて配信開始されていて、もともと観たいと思っていた映像だったから「観れるじゃん」と飛びついた形。公式サイトのtitleタグ、へんなところに半角スペースが入っていそうで心配。きのうも企業の半角スペースについての不安を日記に書いていた気がする。自分が心配。

映画『小学校 〜それは小さな 社会 〜 』公式サイト

いやー、おもしろかったですね。妻といっしょに泣いた。小学校でのボランディア活動で、ぼくは松本市内の小学校に1年半ほど関わっていて、否応なしにあの日々を思い出すことになった。塚戸小学校ね、ぼくの知っている現代の小学校の雰囲気にかなり近かった。

自分が小学校に関わっていたときに思ったのは「感情を揺さぶられることが多い」ってこと。この映像を観ていても、やっぱり感情にクるものがある。こういうときに「子どもは〜」「大人は〜」と二分することに慎重でありたいと思っているので、悩みながら感覚の整理を試みると。おそらく「コンフォート・ゾーンを飛び出して動いている人は、おもしろいし、ぼくの心を打つことが多い」と言えると思う。

ぼくが慣れた仕事だけ選んで1年間を過ごしたとしたら、仕事で泣く機会なんて一度もなかったりする。心がずっと平穏でいられて、特大の悲しみがなければ特大のよろこびもない、って感じになる。他方で、未知の領域に踏み込んでみると思わぬことが起きまくってぜんぜん結果をコントロールできない。これは疲れることでもあるが、感情に刺激をいっぱい受けるので、大事な時間だよな〜とも思う。そんで、小学生ってのは未知をいっぱいやっていっているので、尊敬ですねえ。未知に立ち向かう姿勢をぼくは尊敬しています。

教員の労働環境については「うーむ…?」と思いながら観た。もう何年もずっと「うーむ…?」という状況だと思うのだけれど、いくらか改善はされているのかな。先に「未知に立ち向かう」的なことを書いて、これは「質の苦労」みたいな話。小学校の教員については「量の苦労」がたいへんそうに見えて、これについては「量を減らす」を真剣にやった方がよいのでは、という感想がある。

あとは「みんなの前での叱責」については議論してみたい。企業でマネジメントを担当するときに「ほめるのはみんなの前で、とがめるのはふたりのときに」みたいな考え方があるじゃん。なんか、学校の現場では「とがめるのはみんなの前で」をヨシとしている雰囲気を感じるときもあって、どういう考えでその方針を採っているのかは聞いてみたいですね。興味がある。

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