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対人のコミュニケーションにおいて、自分はこういうことを意識しているよな、というメモ。 合意、合意形成、おおざっぱな合意 コミュニケーションを行う二者がいるとき、この二者間で「これはオッケー」と認識が揃っている領域をここでは「合意範囲」と呼ぶ。このとき「これはオッケーかどうか怪しいな…」は合意が取れていないものとして扱って、合意の確度が高いと感じられる領域だけを残したものを「想定最小合意範囲」と呼ん
From 他人を褒める|浅生鴨|note 自己肯定感、自尊心、コミュニケーション、価値観などについて書かれていると解釈した。 大人になるとなかなか褒めてもらえない。でも、だからといって、大人になってからこうした自尊感情が育たないかといえば、そんなこともない。 他人を褒めるためには自分の中にある種の規範や基準が必要だから、他人を褒めていると、そうした基準が自分の中でしだいに育ち、そして、それがやが
From 食をテーマにしたサステナブルな商業施設が那須に開業 sio鳥羽周作プロデュースのファミレスもオープン グッドニュースは、サマンサタバサを成長させた寺田氏が2年の歳月をかけたプロジェクトだ。「コロナ禍で海外へ行けない中、国内でたくさんの生産者と出会いながら、社会課題がある中でどう解決して、今後の明るい未来を作っていくかを考えた。30年前にサマンサタバサを立ち上げてから、セレブリティーを起用
2022年はこういう方針でやっていくぞ!と年始の時点で考えていることを書き出しておく。こういうのは1年の途中のどこかで形骸化することもあるけれど、少なくとも年始にはそう考えていたんだぞ、と記録を残しておくのは無益ではないはず。 「2030年に向けてやっていく」 テーマはこれでいこう。気付けば2020年代に突入してから早2年というところ。自分がなんとなく想像している未来の方向性ってのがあるので、そっ
とても当たり前のことをあらためて言うようだけど「こんなことをしたら失礼だよな」と感じるようなことはしない方がいいと思う。失礼なことをしたら相手から自分への評価は下がるだろうし、場合によっては殴られたりすると思う。 ところで、自分が釧路高専に通っていた頃、教官の部屋に入るときには「失礼します」と発言してから入室していた覚えがある。しかし、今にして思うと、用事があって教官に会いに行っているだけなのだか
COVID-19が流行した世界では在宅勤務が広く取り入れられることになった。そこでの人々は物理的に対面してのコミュニケーションではなく、インターネット越しにデジタル信号を送受信するスタイルのコミュニケーションを重ねている。 さて、こうしたオンラインでのコミュニケーションを半ば強制されている2020年から2021年にかけて、コミュニケーションや人間関係を語る上でしばしば「貯金」というメタファが用いら
鷲田清一先生は、コミュニケーションとは対話が終わったときに自分が変わる覚悟を持っている、そういう覚悟のもとで行われるもののことである、と述べている。日本におけるコミュニケーションの様相はそうではない。同調圧力に抗うのは「コミュ障」である。異論を唱えるのは「コミュ障」である。深夜に行われる討論番組で、参加者が番組の終わりに「おれ、意見を変えたよ」ということは起きない。彼らは議論をしているのではない。
というお話を友人や知人や同僚などから聞かせてもらうとき、なるべくニュートラルに聞こうと思って最初から鵜呑みにしないことにしている。慎重にお話を聞いていると、 そもそも◯◯をほとんどやったことがない 本人は〇〇が苦手というけれど、ぼくから見るとそうは見えない ってこともちょいちょいあるので、先入観で「わたしは〇〇が苦手」という前提を強く持ちすぎるのも考えものだなあ、と思う。「苦手!!!」と思い続ける
自分は「定型句コミュニケーションが苦手だな」と思うときがある。なんで苦手なんだろう、なにが苦手なんだろう、と以前から考えてはいて、最近になって「こういうことかも?」と仮説が浮かんだので書いてみる。 まず前提として、定型句が生じるようなシーンというのは「あいさつ」や「気遣いの言葉」があるとプラスになるシーンであることが多いと思う。そういった声かけについて分類してみると、下記のようになった。 (A)
From 人はなぜ「させていただく」に違和感をおぼえる? 言語学者が解き明かす“敬意のインフレーション”|Real Sound|リアルサウンド ブック by 椎名美智さん 言葉、日本語、敬語、言語学、コミュニケーション 人はなぜ「させていただく」に違和感を抱くのか。それは、どのような使われ方をしたときなのか。調査・研究し、『「させていただく」の語用論』(ひつじ書房)としてまとめたのが、法政大学の椎
日常的に「コミュ力が高い」「協調性がある」などの言及が聞こえてくる しかしそこで指すものは個人によって解釈に幅があり、見かけ上の会話が成立していても安心はできない そこで自分の考えを整理し明文化しておくことで、認識合わせの助けにしたい 自分を中心として見た社会があったときに、自分が難なくやりとりできる輪というのがあると思う この輪の内側を「ウチ」と、外側を「ソト」と言ったりもする ぼくは、この輪の
人は人と出会うべきなのか|斎藤環(精神科医) がおもしろかった。そこで述べられている「臨場性が必要とされる理由」を中心に引用してメモしておく。 人と人が出会うこと。その場に居合わせること。ライブであること。face-to-faceで話すこと。これらをさしあたり「臨場性」と呼ぼう。私がコロナ禍の渦中で目をこらしてきたのは、こうした「臨場性」の価値のゆくえについて、であった。 臨場性という概念の導入。
From /hitode909/楽勝? インターン生に毎朝「楽勝?」と聞いてる。 「何か質問ない?」と聞くと大抵無いと答えるから。 なので敢えて「楽勝か?」と聞くと「楽勝では無いです…」と返答くるので「じゃあどこが楽勝じゃないポイントですか?」と話を進めると、本人自身まだ上手く言語化できてない懸念点を引き出して相談できる メンタリング、コミュニケーション、いい質問
From 元々社員の約9割が在宅勤務の「リモートファースト」企業HashiCorp、創業者のハシモト氏が語った教訓 (1/2):リモートワークとは、「家を職場にすること」ではない - @IT 「リモート環境だと、(社員同士をつなぐのは)コミュニケーションしかない。コミュニケーションの在り方をどう築くかによって企業文化が定義されることになる」 たしかにねぇ。オフィスがどうのこうの、というのがないんだ
「顔」の心理学 山口真美さんによる書籍 2016-05-20の発売 心理学、コミュニケーション 顔は心の窓です.魅力的な顔をしていると,よりよい人間関係が築けます.でもそれは,目鼻立ちの美しさではありません.では,「いい顔」とは何でしょう? なぜ人は顔が気になるのか,顔を覚えるコツはあるのか,第一印象は大切か,修正写真も「私の顔」なのか――「顔」にまつわるさまざまな疑問を,心理学で解き明かします.
From リモートワークで抜け落ちるもの | Coral Capital さて、ZoomやHangout、wherebyといったサービスは面談や会議のオンライン化です。しかし、「メール→Slack」という補完関係に相当するビデオ・コミュニケーションのツールが、今はまだ存在していないように思うのです。Zoomはメールのような存在で、利用目的がハッキリしているときに使います。しかし、Slackがテキス
From コミュ力が無いのはいつだって自分 | おそらくはそれさえも平凡な日々 元記事は2016-04-04のもの、ぼくが読んだのが2019-12-25 コミュニケーション能力、コミュ力、コミュニケーション 分かり合えていない、を出発点にするに通ずるものを感じたのでここからリンクしておく
2018-08-17 文献 宇宙兄弟 漫画 チーム コミュニケーション 宇宙兄弟「完璧なリーダー」は、もういらない。 | 『宇宙兄弟』公式サイト ---- 『宇宙兄弟「完璧なリーダー」は、もういらない』第1章 どんな人でも必ずリーダーになれる(1/4) | 『宇宙兄弟』公式サイト リーダーとは、「選ばれた優秀な人間」ではなく、 リーダーシップを発揮している人のこと ---- 『宇宙兄弟「完璧なリー
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メモ
Advent Calendarの担当日に向けて、ちょっとずつ考えをまとめていくか。
都内で、業務委託でお世話になっている組織の集まりに参加する。活動の話などなど、多岐に渡るトピックが楽しかった。個人事業主として生計を立てているもんで、こういった機会は稀で、ちょっとした「わたしも一員」感を身体で得られるのはおもしろい。
とはいえぼくは、オンラインのコミュニティでも帰属意識を醸成できると自認しているので「やっぱりこういう場がなきゃね!」「こういう場は必要!」とは考えていない立場。自分というよりは、自分以外の、オンラインのコミュニケーションのみで関係を育てていくことに手応えを感じられていない人たちのためにこそ、この手の場が機能しているように思う。
いろんな人と話す中で「コミュニケーションに課題を感じていて、ちょっとjunebokuさんに相談を〜」なことが複数回あって、どの場に行っても自分が引き受けることの多いトピックだな、と思った。
きのうに続いてALPSCITY FORUMに参加するため市街地に繰り出す。今日のセッションは11:00から始まる。ぼくは10:30頃に街に着いたので、パントリーマルナカで適当にパンを買って適当な場所に腰かけて食べる。うまうま。
午後になって、自分の出番。用意してもらったテーマについて自分から話せることはなんだろう、と考えて。オープンソースソフトウェアのことをざっと紹介して、デジタルも活用しながらコミュニケーション・コラボレーションのベターな形を設計できると「みんなで創る」の実現可能性を高められますよ、ってな話をしたつもり。
公共の資産としてのオープンソースソフトウェア、公共の資産としての「山々の景色」、似ているところはある。
もうちょっと、会場も他のパネラーも巻き込みながら「みんなで創る」なセッションにしたかったけれど、いちパネラーの立場からそういう大きな流れをつくるのはむつかしかったな〜。やれる範囲でがんばった、という手応えですな。セッションのあとで、会場にいた参加者のひとりともりもりに盛り上がっていろんな話をできたので、それはとってもよかった。感謝です。
イベントの運営をお手伝いされていた大学生がいて。2024-08-21にいっしょに乗鞍を見てまわった人たちね。「じゅんさんの髪色、青が入っています?」と話しかけてくれて「そうです、青を入れていますよ」と応じたら「毛先だけ青にしてるんですか?」と深堀りしてくれたけれど。頭髪全体に青のカラーを入れると、もともとが白髪な部分に青が強く出るだけ、という、相手が期待していたようなオシャレ話題じゃない回答になってしまっておもしろかった。きっと20年後くらいに今日のぼくの気持ちがわかってくると思う。
それはそれとして、大学生に髪の毛のことをいじってもらえるくらいの41歳になれたことはよろこばしく思っている。
今日の生活
ひさしぶりにかつ饗に行ってランチを食べた。今日も混ぜご飯がおいしかった。ぼくは2杯、妻は3杯も食べていた。
ご近所さんがサトイモをたくさんくださった。ありがてぇありがてぇ。ただ、これは我が家だけじゃ食べ切れないよな〜と考えて伊藤家と舘野家に声をかけたら受け取ってもらえることになった。わいわい。おすそわけはコミュニケーションのきっかけになるからすごい。
きのうのドライブ中にウォッシャー液が出なくなったので、今日のうちに補充を済ませる。それからエンジンオイル交換もやるぞ。ウォッシャー液のストックもなくなったので、エンジンオイル交換のついでに買うことにする。せっかくなので給油もやっちゃおう。
給油した日、エンジンオイルを交換した日、ウォッシャー液を補充した日。
イエローハットに行ってエンジンオイル交換をお願いしたら、通算3回目ってことでサービス品としてウォッシャー液がもらえるとのことだった。渡りに舟じゃん。ありがたくちょうだいする。エンジンオイルに洗浄剤みたいなやつを混ぜると走行中にエンジンがきれいになって便利、的な説明 (うろ覚え) をうけて「夢のような話ですね、じゃあおねがいします」と応じた。このあたり、なにもわからないので相手の説明が魅力的であればホイホイとお金を払う流れになりがち。判断がむつかしい。
夕方には草むしりの続きをやった。この秋の草むしりは相手が手強くてなかなか完了せずにいる。目立つところの草は一通り倒したので、あとは裏側っていうの?ふだんは通らない、家とフェンスの間の細い空間で元気にしている人たちを追い払ったら完全終了という感じ。
ねじり鎌を導入していなかったらもっと大変だったと思う。
お散歩中の景色ね。ここのところは晴れの日が続いているねぇ。
伊藤家のみなさんがサトイモを受け取りに我が家まできてくれて、その流れで「いっしょに夜ごはんを食べに行こう」となった。わーい。赤ちゃんが動き回れるような場所がいいよな、と思って小上がりのあるみやびをチョイス。伊藤家にもよろこんでもらえたのでよかった。
途中、赤ちゃんの抱っこ係を担当させてもらって、他のお客さんもほとんどいない時間帯だったので店内をうろうろと歩きながら赤ちゃんを揺らしていた。そしたら、カウンター席で食事していた人たちから「お父さん」と呼ばれておもしろかった。自分の腕の中にあったかい生き物がいてぼくを拒まずにいてくれてうれしいし、友人夫婦は「ゆっくり食事できるので助かる」と言ってくれてうれしいし、今後も抱っこ係を任せてもらえるように、背筋を伸ばして生きていきたいと思う。
写真は、締めに食べたおにぎり。おいしかったし、楽しかったね〜〜。
店内に設置されたテレビは、梨泰院で発生した悲惨な事故の様子を繰り返し繰り返し報じていた。胸が痛い。