転校生マインド
2012-12-12に書いたエッセイ。自分が転校生であったことと、転校を繰り返す中で獲得した考え方について書いている。
ぼくは小学校中学校時代に転校を繰り返していたので、コンテキストなんてものは「たまたま」の産物であることを体験として知っている。自分が「自分のキャラだ」と思っているものも、転校というイベントによって、あっという間に覆されることもあるからだ。
2012-12-12に書いたエッセイ。自分が転校生であったことと、転校を繰り返す中で獲得した考え方について書いている。
ぼくは小学校中学校時代に転校を繰り返していたので、コンテキストなんてものは「たまたま」の産物であることを体験として知っている。自分が「自分のキャラだ」と思っているものも、転校というイベントによって、あっという間に覆されることもあるからだ。
妻と雑談していて「おぬしは、嫉妬の気持ちを抱いたり、他人を束縛したいと思ったりすることはあるんか?」という旨のことを聞かれて、考えながら回答したら発見があったのでここにもメモしておく。話題はあちこちに飛ぶ。散文。 期待の持ち方 思い出せる範囲で考えてみて、30歳を過ぎたあたりから気持ちがぐちゃぐちゃになってどうにもならんような時間はほとんどなくなったんじゃないかな、と思う。 17〜19歳くらいの頃
自分には、なにかしらの特定のプロダクトのアンバサダーは務まらなさそうというか、あまりよい動きはできなさそうと思ったのでメモ。 2021-11-09時点でぼくが愛用しているプロダクトといえば、ここのScrapboxもそうだし、AfterShokz AeropexやYetiなんかが挙げられるだろう。ただ、ぼくは新しく登場するプロダクトに対しては好奇心旺盛だったりもするので、そのときの自分にマッチする別
お世話になっている現場で、業務委託で関わっている自分のような立場の人が何名か集まる会があって、雑にまとめると「みんな、どうやって仕事を得ているんですか〜」的な話があっておもしろかった。
いったん無職になったあとは「流れに乗る」を続けてきただけで、能動的・積極的にお仕事に手を出したわけではないので、たまたま今のような模様の生活をしているってだけなんだよな〜。たまたま声をかけてもらって相談に乗っていたらそれがお仕事になったり、とか、たまたま募集を見かけて小学校でのボランディア活動に関わってみたり、とか、最近はたまたま募集を見かけてデジタル化推進委員に応募してみて自治体の運営に関わるようになったり、とか、全体的にそんな感じ。
ただ、こうして書いてみて気付いたのは「流れに乗る」ではあるが「流されている」わけではないってことだな。断りづらくて引き受けちゃった、ってことはない。「乗る」ということに関しては能動的であったと言えそうだ。
転校生マインドがあって「動きが止まる」ことには恐怖を感じやすいところもあり、「流れの中に身を置きたい」という意向が反映されているところもあるかも。カウントダウン生活には、まさに「流れ」の活動の趣がある。さまざまな流れの中に身を置き、どの流れに乗るかは自分で選ぶ。そういう生き方なのかも。将来がわからなすぎる。
june29 Vlogに17本目の動画を投稿した。これまでとちがう場所で撮影している。お疲れシャワー、転校、転校生マインドについて話した。