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Beyond WOMANSHIPのエピソード186を聴いた。栗林礼奈さんのお話がめちゃおもしろかった。こんなUターンもあるんだなあ。とても尊くて、ちょっと泣けてしまった。
考えすぎフラグメンツの「人の言葉を借りちゃ〜」の回がおもしろかった。「そこに自分が介在する意味」は、考えちゃうよな〜。
ひとつ前のエピソードの林健太郎さんの「他に誰もやらなそうなので」にも通じる成分を感じる。それでいったら、栗林礼奈さんが親のスーパーを継ぐところにも、ちょっとした必然めいたものを感じたな。
「使命」とか「責任」と言ってしまうと少しずれる感じがするけれど、責任をResponce-abilityに読み替えてみるにも書いたような話で、なんか「自分がやるもの」と思えちゃうことって、あるんだと思う。
映画『我々は宇宙人』を観に行こうと思っているが、大阪の中心部まで出ていかないと観れないのでカジュアルに動き出せずにいる。自宅の近くで上映されていたら、もう観ていただろうな。
聞くCINRAで門脇康平さん・林健太郎さんのお話を聴いたときは「おもしろそうな作品」と思ったくらいだったものの。
考えすぎフラグメンツの林健太郎さん・中路隼輔さんのお話を聴いてみたら「どのようにしてこの作品は生まれるにいたったか」というスタートアップの成分を感じて、興奮した。中路隼輔さんは『人文知の現場』ってイベントに出演されていた方だな、日記の記録が便利。
音楽をスタートアップの物語で楽しませてくれるBMSGと、映画をスタートアップの物語で楽しませてくれるNOTHING NEWは、自分にとってはおもしろみのポイントが似ている。
考えすぎフラグメンツのエピソード75を聴いた。
「要求」と「要望」を分けて考えるの、知的に誠実な態度だな〜と思った。たしかにここを混同すると、ベストな選択に到達しにくくなる実感がある。いい整理だ。
ホンマのホンネと考えすぎフラグメンツの最新エピソードを聴いた。
まずはホンマのホンネ。「First-Daughter Effect」ってのがあるんですねえ。娘と暮らすことで父に変化が生じるの、なるほどなあ。たしかにありそう。
続いて考えすぎフラグメンツの「洞察」の話。ベースとなる価値観が自分とは異なる人たちのことを、どう知っていくか。とにもかくにも「知ろうとして、接する」が起点になるよなあ、と思った。
そんで、同じ日にこれらのエピソードを聴いたもんだから絡めて考えてみたくなって。
娘と向き合った父に変化が生じるのはよいとして、娘と接さなきゃ変わらないのだとしたら、なかなかむつかしいところがあると思った。家族以外にも身の回りにはいろんな人がいるはずなんだから、そういった人たちともちゃんと向き合う機会があれば、もっといろんな場でいろんなことを知っていけるのではないか。同質性の高い集団の中でしか話さない、あるいはそもそも他者とまともに向き合っていない、ってなると、周囲にいる人々から十分に学べないってことになるのか。
自分の身の振りをあらためていくのがよさそうだな、と思った。
考えすぎフラグメンツ。後半の編集のお話もおもしろかったのだけれど、ここでは「AIへの礼儀」についてメモ。
ぼくは「同行者が店員さんに対してリスペクトを欠く行動をしていたらつらい」となる心の動きがあるのだけれど、じゃあAI Agentには乱暴していいのかって考えると、まだまだ迷い中という感じだ。
- (A) 店員にもAI Agentにも丁寧に接する
- (B) 店員には丁寧に、AI Agentには粗暴に接する
- (C) 店員にもAI Agentにも粗暴に接する
- (D) 店員には粗暴に、AI Agentには丁寧に接する
自分は「(A)ではあるが、やや(B)寄りとも言える」って感じかなあ。人間とまったく同じ丁寧レベルでは接していないか?いや、どうだろう。最近フランクになってきているのは「付き合いが長くなってきたから」だと捉えれば、人間と同じように接していると言えるのかも。
(D)のスタンスの人は見たことがないので、わたしは(D)だよ〜って人がいたら教えてほしい。
話がおもしろいってどういうこと? - 考えすぎフラグメンツ - LISTEN
タイドアップするという自由/テーマ「話がおもしろいってどういうこと?」/話の面白さは、構成・ワード・リズムでできている/話が通じる相手がほとんどいなかった/伝わらないからこそ「例え話」が増えた/「話がうまい」には種類がある/「本当だから役に立つ、役に立つから面白い」/相手を知ることなしに、話は面白くならない/面白い話は、相手のツッコミを先回りしている?/スティーブ・ジョブズは、話し方がうまいんじゃない/いちばんすごいのは、ずっと心地よく話せる人/対話の中で一番不要なのは「自分がどう見えているか」の認識/文章がうまい人は、まずチャットで鍛えるといいかも
考えすぎフラグメンツの最新回を聴いた。小手先のトーク・スキルみたいなものにそんなに価値はないんじゃないの、ってあたりはぼくも同意見だなあ。でもこれは、音声コンテンツよりもテキストコンテンツの方に対してより強く思うかも。タイトルの付け方とかバズっている構文を取り入れることばかり磨いていても、ジャンクフードっぽいというかね。質量のあることをやっていれば、変な味付けをしなくても素材の味でちゃんとおいしくなる。インディーウェブ的・音声配信は、素朴な味付けのコンテンツが多いと感じていて、それが好きだってことかも。
ひとりのポッドキャストの聴き手としてのミーハーな面が強めの、参加メモを残しておこう。
- おひさしぶりの友人、数名にお会いできてよかった〜〜
- EXPO TVのMCを担当してくれたでこぽんFMのおふたりに「聴いています!」とごあいさつできた
- 純朴ポッドキャストチョイス2024に選出していたんですよ〜ってこともお伝えできた
- MCはすてきだったし、それ以外の時間でもすてきなふるまいばっかりで、ほえ〜〜となった
- りっちゃ・りょかちのやいやいラジオのブースに行って、おふたりに「聴いています!」とごあいさつできた
- 内沼晋太郎さんに「本の惑星の土門蘭さんの回、よかったです!」とお伝えできた
- tmiyatake1さんに「Off Topicにはお世話になりました」とお伝えできた
- コンポーザブルなカルチャー by Off Topicについてお話できたのがアツかった
- 渡邉康太郎さんに「超相対性理論、聴いています!」とごあいさつできた
- 「生きる と 生き延びる」についてお話できたのがよかった
- 青木耕平さんに「考えすぎフラグメンツ、聴いています!」とごあいさつできた
- ホンマのホンネの本間智恵さん・溝上由夏さんに「聴いています!」とごあいさつできた
- 工藤郁子さんと「ほんとうのこと」系のお話をできてアツかった
- その他、一方的にお見かけしてオオ〜〜となった人々
考えすぎフラグメンツの今週更新回を聴いた。毎度、おもしろいテーマで話してくれるので助かる。ついつい自分もなにか言いたくなってしまう。なんかのポッドキャストで話されていたテーマについて「おれも話すぜ」と勝手に会話に参加するひとりしゃべりをやってもいいのかも。
なぜ「がんばれ」は取り扱い注意になったのか/マイナスの人に「がんばれ」は重い/応援したいというより、応援させてもらいたい/「不足している」が混ざるとしんどい/苦しい時に効くのは「大丈夫」/退職する人には、なぜ「がんばれ」と言えるのか?/秋本治先生の「がんばれ」で泣く新人漫画家たち/“わかってくれている人”の言葉はうれしい/天皇陛下の言葉が届くのは、知ろうとしているから/欲しいのは励ましより「見てくれている感じ」/いま責められているのは「がんばれ」より「解像度の低さ」
なぜ「がんばれ」を言ってはいけないのか? - 考えすぎフラグメンツ - LISTEN
自分の生活だと、他者に向かって「がんばれ」と言う機会はぜんぜんないな〜。どちらかといえば「ちょっと休もう?」と思う機会の方が多いもんな。日本社会全体に対しては「がんばりすぎ」と思っている。そんなにがんばらなくて済むようにしていこ、って考えている。
よく考えてみると「がんばれ」って命令形だよな。他者に対して命令形の声かけをしてトラブルにならない方が少ないだろう。「がんばれ」って命令がけっこう許されていることの方が不思議に思えてきた。
相手のモードに合っていないことを言うとよくない結果になる、と整理した。これから東に行こうとしている人に「西へ行け」って言ったら「は?」ってなると思う。がんばろうとしている人に「がんばってください」と言う分には応援として受け止められるんじゃないの。誰もががんばりたいわけではないし、がんばりたいときとがんばりたくないときがあるから、ちゃんと見極めようね、ってことだと自分は捉えた。
健康
フィットネス・ジムに行って汗を流してきましたよ。運動しながら『考えすぎフラグメンツ』や『まめまめキャスト』を聴く水曜日、ってリズムを身体が覚えてきている感じがある。
#34歳相応のふるまいってある? - 考えすぎフラグメンツ | Podcast on Spotify
今週も考えすぎフラグメンツを楽しく聴いた。歳相応について。ぼくにはモチベーションは有限の貴重なリソースってな考えがあるので、人間の行動を減らすために持ち出される規範の類が本当に好きじゃない。誰かがなにかに興味を持って動き出そうとしたときに「いや、いい歳してこんなこと…」とブレーキになっちゃったりするやつね。規範があることで治安がよくなるのはわかるけれど、功罪の「罪」の方を考えるとさ、規範によって失われているエネルギーってのはバカにならないと思っているわけ。よくわからん外的な理由にふりまわされずにさ、内的な自分の心の声を大事にしようよ。青木耕平さんも「好きを大事にしよう」みたいなことを言っていたと思う。
青木耕平さんは他にも「今の自分の方が25歳のときの自分より感受性が豊か」的なことを言っていて、とてもいいな〜と感じた。ぼくは「子どもは感受性が豊か」な命題を疑っている。この命題を言う人は「鉄は、時間が経つほど錆びる」に近いことを言っているんじゃないかと想像していて。もちろん鉄は、磨かずに置いておいたら錆びるだろう。けれど、磨き続けていたら輝きもするよね。感受性とか感性ってのは、ぼくは磨くものだと思っているよ。
考えすぎフラグメンツの33を聴いた。気付けば、毎週水曜日の楽しみになっているね。「勇気」と「祝福」の話は、ストレートにグッときた。
- #33教えてもらう立場には素直さが必要? - 考えすぎフラグメンツ | Podcast on Spotify
- いくらパフォーマンスが高くても“コストの高い”部下はダメ メンバーを管理するマネージャーの「3大コスト」とは | ログミーBusiness
エピソードの後半で紹介されていたマネジメント・コストの3分類「教える」「代わりに決める」「心配する」は、なるほどな〜と感心した。ログミーの記事を見つけたのであわせて貼っておく。この3つのコストが低いメンバーは、マネージャからしたら助かるもんね。
#32仕事と暮らしが釣り合うってどういうこと? - 考えすぎフラグメンツ | Podcast on Spotify
考えすぎフラグメンツの32を聴いた。ワーク・ライフ・バランスに限らず、短期間で一気に広まって意味の希薄化っぽくなっている言葉を扱うときは、意識して真剣に向き合わないとフワフワ~とするよね。「ワークはともかく、ライフの指すものに幅がある」という指摘はその通りだな〜と思った。もっと言葉に誠実でありたい。
考えすぎフラグメンツの31を聴いた。「聴くのが大事」ってのは、ぼくもここ数年で篠田真貴子さん方面からの情報によって感じているところではあるけれど。青木耕平さんは「本当に?」というスタンスで、考えすぎフラグメンツっぽくていいな〜と思う。「人の話を聴かなくていい」って話ではないんだけれど、テクニックやパフォーマンスとしての「聴く」だけが広まってもね、ってニュアンスだったと解釈している。
#31話はするより聞く方が大事なのか? by 考えすぎフラグメンツ
いちばん印象に残ったのは「自分のしゃべりすぎによって相手が不快になっていたら、相手はそれを解決する力を持っているはず」というスタンス。ひとりの個人として相手に敬意を持って接していく。相手を尊重することは、必要以上に気を遣うことではないよね。マチュアな態度だなあ、と感じた。
最近は「やわらかく衝突する」ことを考えていて。衝突しないように、しないように…と萎縮っぽく動くよりも、ケガしないようなスマートな衝突をできるようにスキルを身に着けて、その上で、やわらかく衝突しながら最適解を探るようなコミュニケーションをやっていきたい。ぶつかるところまでお互いに踏み出さないと、本当の輪郭は見えてこないので。衝突を過度に避けるより、いい機会としてうまく活用する。「心理的安全性が高い」ってのは、衝突を起こさないってことよりも、やわらかい衝突を起こせているってことの方だとぼくは捉えている。
水曜日に届くポッドキャストの新着エピソード、今日はタイトルからしてワクワクするやつが多いな〜と自分好みの並びにうれしくなっちゃった。
超相対性理論の226を聴いた。書籍『13歳からのアート思考』を思い起こすテーマ。幼児のころはウキウキで自己表現をやっていた人が、歳を重ねる中でやらなくなるのは、きっとネガティブなフィードバックが繰り返されるからだよねえ。
考えすぎフラグメンツの27を聴いた。最近、このポッドキャストの会話のリズムが心地よい。
「地方と都会」の話でいうと、のらじおの「TOKYOハイカルチャーインテリ」と「地方ハードコアプレイヤー」の回もよかったな。ぼくは「北海道出身で、労働者になるタイミングで東京に出てしばらく過ごし、それから東京を離れて転々と」というパターン。いわゆる「TOKYOハイカルチャーインテリ」的な文化圏のことは、やや冷ややかな目線で見ているかも。
考えすぎフラグメンツの25を聴いた。現代社会において人が「合理的」というときに「経済合理性」ばかりに引っ張られすぎなのではないか、という話がおもしろかった。なにをヨシとするかの「理」にはいろんなものを当てはめていいはずだよね。
考えすぎフラグメンツの21を聴いた。途中までフンフンと聴いていて、終盤で「オーセンティック・リーダーシップ」の話などが出てきて、こりゃあAuthenticityだな〜と前のめりになった。おもしろかったです。
