Mentioned in days
引き続き、土門蘭さんの『ほんとうのことを書く練習』を読んでいく。
- 「子どもは感性が豊か」とか「子どもならではの感性」みたいな、子どもと感性にまつわる言説にいまいち乗れないのは、歳を取ってからも、この本に書かれているような練習を通じて「自分のほんとうの感性」を見つけて拾い上げて磨いていけると思いたいから、かもしれないな
- 自分は今年で43歳になる、少なくとも40代前半はまだまだ感性を磨けるでしょう
- 歳を重ねることに自分の感性に蓋をしてしまう人が少なくないってことは、ぼくも体感としてわかっている
- でも、そのすてきな感性ってやつを「子ども特有のもの」と言い切ってしまったら、本当にそうなっちゃうかもよ?
- あなたが何歳まで生きるつもりかは知らないけれど、40歳とか50歳ならまだまだこれからでしょう
- ぼくは「みんな、日記を書きなよ」と思っているわけではない
- ただ、各位がもっと「自分の声」に気付けたらいいんだろうな〜とは漠然と思っている
- これはつまり、ぼくが接している人たちのうちの少なくない割合のみなさんが、自分に蓋をして生きているように感じているということだ
- 便秘人(べんぴんちゅ)には浣腸があったらいいと思う
- この本で語られる「書く」という行為は、篠田真貴子さん方面の「聴く」とも関連が深い気がする
- 純朴声活にも「ほんとうのことを話す練習」をアップしておいた
#34歳相応のふるまいってある? - 考えすぎフラグメンツ | Podcast on Spotify
今週も考えすぎフラグメンツを楽しく聴いた。歳相応について。ぼくにはモチベーションは有限の貴重なリソースってな考えがあるので、人間の行動を減らすために持ち出される規範の類が本当に好きじゃない。誰かがなにかに興味を持って動き出そうとしたときに「いや、いい歳してこんなこと…」とブレーキになっちゃったりするやつね。規範があることで治安がよくなるのはわかるけれど、功罪の「罪」の方を考えるとさ、規範によって失われているエネルギーってのはバカにならないと思っているわけ。よくわからん外的な理由にふりまわされずにさ、内的な自分の心の声を大事にしようよ。青木耕平さんも「好きを大事にしよう」みたいなことを言っていたと思う。
青木耕平さんは他にも「今の自分の方が25歳のときの自分より感受性が豊か」的なことを言っていて、とてもいいな〜と感じた。ぼくは「子どもは感受性が豊か」な命題を疑っている。この命題を言う人は「鉄は、時間が経つほど錆びる」に近いことを言っているんじゃないかと想像していて。もちろん鉄は、磨かずに置いておいたら錆びるだろう。けれど、磨き続けていたら輝きもするよね。感受性とか感性ってのは、ぼくは磨くものだと思っているよ。
https://x.com/rem0n410/status/1945064780403785935 に「水色の夜」という表現があって、だいぶ好みだった。ほくほく。ただ、こういうのを「子どもの感性」に結びつけちゃっていいのかってところに疑問があって、よく考え込んでしまう。「子どもは純粋」みたいな命題もあまり真とは思っていなくて、たとえば10歳のときの自分は、取り繕うための嘘をカジュアルについてしまうタイプだった。近年の自分はぜんぜん嘘をつかない。純粋ってなんだろうね。
「感性」ってやつ、そこまで年齢と強く結びつけて考える方がなんかしっくりくるんだよな。それをこの言葉で表現するのか〜って感心させてくれる人は、どの年代にもいるんだよな。自分と異なる感性を持っている人であれば、新鮮なよろこびを運んできてくれる。