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《「論語」子路から》君子は人と協調するが、安易に同調したり雷同したりすることはない。主体的に人とつき合うべきであるということ。 和して同ぜず(ワシテドウゼズ)とは? 意味や使い方 - コトバンク ある場で心理的安全性について話しているときに孔子さんの「和して同ぜず」を教えてもらった。協調はするが同調はしない。シンプルでいいな〜と思った。 別の見方をすると「同じでないとしても和する」とも言えるだろう
そういう作用があるんじゃないかと思った。 安心の話で済みそうなところで「心理的安全性」と言いたくなっちゃう 認知の話で済みそうなところで「メタ認知」と言いたくなっちゃう メンテナンス・コストの話で済みそうなところで「技術的負債」と言いたくなっちゃう 学びやスキル獲得の話で済みそうなところで「アンラーニング」「リスキリング」と言いたくなっちゃう 響きがかっこいい言葉には引力があるから、使いたくなっち
メタ認知 心理的安全性 技術的負債 老害 リスキリング 「個人が自分の意思で学ぶ」と「組織が業務として進める」のどっちの話もあって混乱する 1on1 「ふたりでしゃべるアクティビティ」くらいに意味が希薄化しているように思う あくまで主観で「むつかしくなったと感じている」ということ。ぼくが誰かと大事な会話をするときには、これらの言葉を使わずに、そのときの状況によりマッチする、誤解の余地の小さい言葉を
対話によって、成果物の質を高めたい 対話によって、成果物を生み出すプロセスの質を高めたい 以上が伝えたいことです。ここから先は余談みたいなもんです。 チームでなにかしらの成果を目指すとき、せっかくなら「いいもの」をつくりたいし「いいこと」をやりたいと思っています。成果物の質を高めたい。 成果物の質を高めたいなら「対話」を活用しない手はないでしょう。自分が考えた案にフィードバックをもらって改善したり
出口治明さんが『貞観政要』のことを紹介してくれる、という書籍 2019-12-25に発売された 2020-02-08に購入した 2020-02-09に読み終えた NHK 100分de名著 呉兢『貞観政要』 を読んだ - HsbtDiary(2020-01-27) hsbtさんの日記より <blockquoteで、この貞観政要だが、解説しているのが元ライフネット生命創業者の出口さんというのもあって、
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自分はどんなスタンスだろうか、と考えてみる。
- 流行り言葉には、けっこうミーハーに手を出していそう
- まともな議論をしたいシーンでは、堅実な言葉を選びたがる
- 今年だとVibe Codingは流行り言葉という感じで持ち出すことはあるけれど「今後のソフトウェア開発について考えましょう」ってときには、各位が同じ範囲を指して使っていないと思うので避けている
- 意味の希薄化に絡めて繰り返し書いてきたように、心理的安全性や技術的負債なんかは議論のときには「使わない方がいい語彙」とまで思っている
他の人が使っていても気にならないけど、自分としては使わないようにしている言葉。ってのは、トレーディングカードゲームを思い起こしたな。勝てるカードとは別に、好きなカードってのがあるもんだ。自分のお気に入りで固めた「言葉のデッキ」を組んでデュエルしながら生きている。
考えすぎフラグメンツの31を聴いた。「聴くのが大事」ってのは、ぼくもここ数年で篠田真貴子さん方面からの情報によって感じているところではあるけれど。青木耕平さんは「本当に?」というスタンスで、考えすぎフラグメンツっぽくていいな〜と思う。「人の話を聴かなくていい」って話ではないんだけれど、テクニックやパフォーマンスとしての「聴く」だけが広まってもね、ってニュアンスだったと解釈している。
#31話はするより聞く方が大事なのか? by 考えすぎフラグメンツ
いちばん印象に残ったのは「自分のしゃべりすぎによって相手が不快になっていたら、相手はそれを解決する力を持っているはず」というスタンス。ひとりの個人として相手に敬意を持って接していく。相手を尊重することは、必要以上に気を遣うことではないよね。マチュアな態度だなあ、と感じた。
最近は「やわらかく衝突する」ことを考えていて。衝突しないように、しないように…と萎縮っぽく動くよりも、ケガしないようなスマートな衝突をできるようにスキルを身に着けて、その上で、やわらかく衝突しながら最適解を探るようなコミュニケーションをやっていきたい。ぶつかるところまでお互いに踏み出さないと、本当の輪郭は見えてこないので。衝突を過度に避けるより、いい機会としてうまく活用する。「心理的安全性が高い」ってのは、衝突を起こさないってことよりも、やわらかい衝突を起こせているってことの方だとぼくは捉えている。
趣味でOSSをやっている者だの56を聴いた。songmuさんとshu223さんの会話、前回に続いてとても好みだった。「自分が心理的安全性を確保できていないとき」の心情の吐露って、けっこう貴重だと思う。そういうことを話してくれる人がいるのはありがたい。なんていうか、よく自分はこの番組に出演させてもらえたよな…と不思議な気持ちにもなった。
今日の暮らし
朝の時点ではあまり調子がよくない感触だったんだけど、いろんな人々とやりとりしながら過ごしていたら整っていった。こういう日ってあるよなあ。いちばん古い記憶だと小学校4年生くらいのときにはすでにこういう日があったと思う。
久しぶりに/hub/ガビンディとビブリシャス のことを思い出していた。Value Objectとか心理的安全性とか、文字列を見て「きっとこういう意味じゃろうて」と想像できてしまうものは、しばしば誤解が広まるので、一定以上の広まりのあとは認識合わせがむつかしくなってしまう。パッと見てわかった気分になれない文字列ってのは実は大事なのではないか。