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超相対性理論の267を聴いた。神田大介さん出演シリーズのラスト。「親しい間柄の人に、ネガティブ・フィードバックできるか」って話に収斂していった、と解釈。
ぼくは高専に通っていたティーンのころに「思ったことを言わずに表層的にヘラヘラと受け流してしまって大後悔した」って経験があり、それ以降は、大事な人との大事な場面であるほど、なんとかネガティブ・フィードバックをしようと努めている。自分ではそういうつもり。
妻とは、お互いに耳の痛いフィードバックをカジュアルにやっている。やわらかく衝突するってコンセプトにたどりつけたのは、妻のおかげと言って間違いないだろう。
あとは20代の頃にけんご hmsk がネガティブ・フィードバックをしてくれたことにも感謝している。いまだに感謝している。
起床して朝のお散歩へ。歩いているときに、妻との間で「快・不快」に関するコンフリクトがあって、帰宅後にそれについて30分間くらい話した。最初、妻は A がいいと言っていて、ぼくはBがいいと思って、両者の希望が一致しなかったのだけれど、そこから対話を続けていったらC案やD案が出てきて、最終的にEに着地した。いい対話であった。
対話によって上位目標を創り出すややわらかく衝突するを少しずつ実践できている感触があってうれしい。
『文化系トークラジオLife~社会時評&カルチャー』の「雑談、対話、口喧嘩……『人と話すこと』を考える」の回を聴いた。今回もおもしろかったなあ。自分もこういうおしゃべりをやってみたいが、そうなると相手が必要で、誰か相手を見つけることからやらなきゃか。そういう気分にさせられる、エネルギーのあるコンテンツであった。
予告編「雑談、対話、口喧嘩……『人と話すこと』を考える」2026年2月22日(日)25時~TBSラジオで生放送 | TBSラジオ
「中年男性の孤独」みたいなやつ、一大テーマとして成立し得るという現代日本社会の雰囲気はわかりつつ、やっぱり自分にはあてはまらない気はしていて、読み上げられる中年男性からのおたよりについても「へぇ、そういうのもあるのか」という気持ちになるばかり。自分はなんなんだろう。孤独は感じていない、友だちはたくさんいると言えると思う、自分の話をじゅうぶんに聞いてもらえている感覚がある、友人の話をたくさん聞かせてもらっているとも思う。雑談で困っていない、対話に困っている感覚もない、対人のストレスを抱えていない。ただのアルティメット・ラッキー・パーソンってことか??
トラブル回避の傾向が強いかもとは感じているので、やわらかく衝突するを増やしていきたいところ。
考えすぎフラグメンツの31を聴いた。「聴くのが大事」ってのは、ぼくもここ数年で篠田真貴子さん方面からの情報によって感じているところではあるけれど。青木耕平さんは「本当に?」というスタンスで、考えすぎフラグメンツっぽくていいな〜と思う。「人の話を聴かなくていい」って話ではないんだけれど、テクニックやパフォーマンスとしての「聴く」だけが広まってもね、ってニュアンスだったと解釈している。
#31話はするより聞く方が大事なのか? by 考えすぎフラグメンツ
いちばん印象に残ったのは「自分のしゃべりすぎによって相手が不快になっていたら、相手はそれを解決する力を持っているはず」というスタンス。ひとりの個人として相手に敬意を持って接していく。相手を尊重することは、必要以上に気を遣うことではないよね。マチュアな態度だなあ、と感じた。
最近は「やわらかく衝突する」ことを考えていて。衝突しないように、しないように…と萎縮っぽく動くよりも、ケガしないようなスマートな衝突をできるようにスキルを身に着けて、その上で、やわらかく衝突しながら最適解を探るようなコミュニケーションをやっていきたい。ぶつかるところまでお互いに踏み出さないと、本当の輪郭は見えてこないので。衝突を過度に避けるより、いい機会としてうまく活用する。「心理的安全性が高い」ってのは、衝突を起こさないってことよりも、やわらかい衝突を起こせているってことの方だとぼくは捉えている。