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京セラドームのあたりに行った。母親が山田涼介さんのライブに参加していて、それの終わりに合わせて迎えに行ったのであった。今回の母親の関西滞在における主目的はこのライブに参加すること。
母親の滞在先のホテルから京セラドームまではけっこうな距離があって移動がそこそこ大変なので、ぼくがくるみで迎えに行って楽をさせてあげよう、と思って予定を組んでいた。
しかし、京セラドームに直で迎えに行くと混雑に巻き込まれてやばそうだったので、JRで駅ひとつ移動した先にあたる弁天町駅のところの大阪ベイタワーの駐車場にくるみを停めて、母親には一駅分だけ移動してもらうことにした。
ライブ参加直後なんて話したいことがいっぱいあるだろうから、聞き役にもなれるといいな〜って。
思えば、母親とふたりで食事するなんていつぶりだろうか…?帰省するときはだいたいみんなで集まるときだし、今回のように母親が移動するときも「じゃあ、みんなで集まろう」ってなるから、なかなかふたりで食べたり話したりする機会ってないよね。
これからもみんなでごはんを食べる機会は少なくないだろうけれど、母親とふたりの機会となると、今回が最後になったとしてもおかしくないか。そんなことを感じながらおそばをすすった。
食事を終えて、コンビニに寄って適当にお買い物して、くるみで母親の滞在先のホテルまで送り届ける。ぼくが運転している間にも後部座席からいろんなことを話してくれた。
母親といっしょに暮らしている弟1に日常のあれこれは任せているし、母親の精神的な相談先は妹だし、ふだん自分が担っていることはぜんぜんなくて。たまにこうして会えたときに、なにかしらいっしょに時間を過ごすくらいのことをやっている。
どうにも自分には「人の役に立ちたい」という欲求は強めにあるようで、今日、母親の乗せた車を運転できたことはうれしかった。
起床して身支度を整えて、今日も母親・妹・弟1・弟2たちのところに向かう。ちょっとお買い物をしたい、とのことだったので梅田に連れていった。ランチはBOTANI:CURRYで。近年の大阪にはスパイスカレー文化もあるので、これも大阪っぽい食べ物ってことでね。
みんなそれぞれ行きたい場所がばらばらってことで、ランチをみんなで食べて一息ついたあとは「散!」となった。妹と弟2は今日が帰る日なので「またね」とここでお別れ。また元気に集まろう。
弟2にはおこづかいを渡しておいた。ぼくが14歳のときに登場した弟2。「自分が30歳になったとき、彼が16歳か〜」と20歳頃からそういう認識があって、いっぱい稼げる30歳になって、たまに帰省したらおこづかいをいっぱいあげる、そういう大人になりたいとなんとなく思っていたのだった。
来年には弟2の方が30歳になる(びっくり!)ので「おこづかい、これで最後かな〜」と言いながら渡した。受け取ってくれてありがとう。なりたい兄像を演じるぼくに付き合ってくれてありがとう。
そんで、京都に着いた。ここで妹も合流する。母親、妹、弟1、弟2とぼくの5人で京都を散策する。油小路通を歩いた。
二条城の二の丸御殿の中をぐるっと一通り見てまわった。おれたちが共通して有している「お城での暮らし」のイメージの元ネタは『志村けんのバカ殿様』しかないので「バカ殿で見たことある!」くらいしか反応のパターンがなくて貧相だった。
父親がいれば、きっと大河ドラマで仕入れた知識とリンクして楽しめただろうに。さっさと目を覚ましなさいよ。大政奉還に絡む場所だよ、遊びにきたかっただろうに。
自動販売機には貨幣のガイダンスがあっておもしろかった。ドンジャラの役の説明書みたいだ。
徳川家康が築いたお城なんだねえ。そして、大規模な拡張が行われてから今年でちょうど400年だ。400年に渡ってメンテナンスされていてすごい。
父親のお見舞いに病院へ行く。いつもは母親と弟1が行ってくれていて、今回は妹とぼくが本州から帰ってきたので、そこにおばあちゃんも巻き込んで会いに行くことにした。にぎやかなお見舞い団は病院の中でもちょっと浮いている。
まずは妹とおばあちゃんのペアが病室に行く。おばあちゃんは「早く起きなさい」と父親のことを叱ってくれたみたい。ぼくは「起きたい気持ちになるまで、ゆっくり休んでね〜」と思っているので、そんな言葉は自分からは出てこないから、おもしろく感じる。意識不明者への声かけに唯一の正解があるわけもなくて、いろんな人が、それぞれの考えで声をかけるのがいいと思う。自分にはできないような声かけをおばあちゃんがやってくれてうれしかった。
続いて妻とぼくが行く。大阪に引っ越したよ、松本は楽しかったね、元気だったら万博に遊びにきたかったんじゃないの、今から目を覚ましても万博には間に合わないねえ、目が覚めて動けるようになったら、そのときにぼくらが住んでいる地域に遊びにおいでよ、などなど。思い付く限りの声かけをする。左腕・左手がよく動くようになっていて、左手を握りにいくとね、握り返してくれるのよね。赤ちゃんみたい。ホモ・サピエンスには手を握り返そうとする習性があるんかな。おもしろいね。
そのあとは、今は弟1と母親が暮らしている、ぼくにとってのいわゆる「実家」に行く。ぼくが大学生・大学院生のときに住んでいた家ね。妹は友だちの家に泊まりにいくというので弟1が車で送っていった。ぼくの運転するレンタカーで、妻と母親とおばあちゃんを運ぶ。
またしばらく談笑。今は91歳になったおばあちゃんは88歳まで働いていたような人で、とっても元気。だいぶ耳が遠くなってきていることもあってところどころ話が噛み合わなかったりするのだけれど、はっきりしゃべるし、ぼくをずっと幼児扱いするくらいに気持ちも強いし、頼もしい感じ。話がズレているときに妹・弟1・ぼくらは「うんうん、そっかそっか」という感じで聴くのだけれど、母親は「ちがう、今はその話はしていない」とばっさり切る。それぞれである。
母親が「年相応の格好みたいなものがわからん」と言っていて、いいじゃん、と思った。ステレオタイプに押し込めようとしてくる社会の雰囲気に対してぼくは「うるせーー」と思っていて、母親ゆずりの部分があるのかもしれないね。本人が着たい服を着てごきげんに過ごすのがいちばんいいと思っているよ。
妹を送り届けた弟1も実家に戻ってきてみんなで合流できて、夜ごはんを食べにいく。おばあちゃんのリクエストを聞きつつ実家から行きやすい場所ってことで風月をチョイスした。この風月ってのは北海道に展開しているお好み焼き・焼きそばのチェーンなんだねえ。
北海道のお好み焼・焼そば 風月 https://fugetsu-sapporo.co.jp/
弟1に「一人前、食べる?」と質問されたおばあちゃんは「そんなに食べるわけない、食べられないよ」と返していたが、いちばん長くメニューを見ていたのはおばあちゃんだった。自分が食べる分じゃなくて孫たちが食べる分を考えてくれているっぽい。「いっぱい頼んで、みんなで分けて食べなさい」とそういうテンション。
札幌市内のホテルで目を覚ます。おはようございます。妻も起き出してきたので「モーニング、やるか」となって街に繰り出した。CAFE YOSHIMIに入る。サラダの生野菜が妙においしかったな。素材がいいのか…?
赤れんが テラスが10周年だというの、けっこう信じれない感じがする。オープンしたのこの間じゃん?
札幌駅まで移動してプラプラ。ティーンの頃からずっとステラプレイスの雰囲気が好き。今も好きだわ。
miredoのオープンは2020-06-18か。わりと最近だ。ほとんど利用したことがない。地下のStarbucks Coffeeを利用したことがあるくらいか。根室花まるは混みすぎていて入れる気配がない。
ストリート麻雀…!?知らない間に札幌にそんな文化が生じていたのか。地下道の中でここだけ大学の構内っぽい雰囲気が強い。異物感がある。
ティーンのころに通いまくったPARCOにも寄った。ちいかわのストアが元気だった。
朝の散策を終えて、いったんホテルに戻る。
北海道警察もゴールデンカムイに乗っかりまくっている。「金」は簡単には手に入らない!っていうメッセージでいいのか?
観光で札幌を訪れているっぽい一団がみんなで写真を撮っていたので「ぼくがシャッター係をやりましょうか?」という雰囲気で近づいてみた。日本語を話していなかったけど、アジア系に見えたな。「撮りましょうか?」のぼくのジェスチャーが古典的なカメラのシャッターを押す動作 (右手の人差し指をクイクイするやつ) だったけれど、スマートフォンでの撮影なので実際にはそんな指の動きにはならないよな。フロッピーディスクのアイコンみたいなもの。
鴨々川のところはたしかに景色がきれいで、ここで記念撮影したくなる気持ちはわかる。お役に立てたっぽくてよかった。
地下鉄の車内に新札幌駅歯科の広告があって、おそらく電話番号が「しろく いいは」の語呂合わせになっていると思うのだけれど、そのうちの6のところにだけルビが振ってあって「???」となった。この広告について妻とひとしきり盛り上がる。実はこれはルビじゃなくて、この病院に行ったら胸のところに「ろ」とプリントされた服を着たこの人が登場するのかもしれない。そうだったらめちゃくちゃおもしろいから、そうであってほしい。
母親・弟1・弟2と合流して、よく行っているという町中華のお店へ。すべてがうまい。ぼくは、一度か二度くらいはきたことがあったっけな。人間が5人なのに料理を7つ注文していて治安が破滅していた。でも若い人がいるからしっかり完食したね、テーブルがにぎやかで楽しかったなあ。
さてさて、父親の面会に行きますよ。入館許可証の29番をゲットしたので縁起がいい。わしは前世で29の宿命を背負って生きていたようなのでね。
「妻 + ぼく」「弟2 + ぼく」で、ラッキーなことにぼくは2セットも父親のところに行けた。弟2と行った回は、ぼくと弟2でずっと雑談していて、それを父親に聞かせる形になった。これはこれでよかったんじゃないかな。途中で「えっ、そうなの!?」というお話が弟2から飛び出してきて、あのタイミングで父親が目覚めたらいちばんおもしろかったと思う。空気を読んでいきなり意識を取り戻してほしかったな〜〜〜。
ぼくたち夫婦も弟2も次に面会にくるのはきっと来年だろうってことで「よいお年を〜」と声をかけながら父親の病室をあとにした。
父親に会いに行く用事がおわり、次は祖母に会いに行く。途中で寄ったセブン-イレブン、店の前にガチャが並べてあって珍しい感じがした。
おばあちゃんの持ち物の一部を譲り受けてきたよ。おばあちゃんは日本中をあちこち遊び回っていたようで、いわゆる平成レトロのファンシー絵みやげをたくさん持っていた。「わたしがいなくなったら、ぜんぶ捨てられる」的な悲しいことを言ってくるので、ぼくが生きている間はずっと大事に保全しておくつもりで布袋をひとつもらってきた。
ファンシー絵みやげについては下記の動画を見るとよくわかる。
おばあちゃん家で適当に雑談したあと、みんなで回転寿司を食べに行こうってことになった。ただ、おいしい回転寿司のお店は混むので、先に母親・弟1・弟2がお店に行って待ち行列に並び、そろそろ席に案内されそう〜ってタイミングをめがけておばあちゃんをお店まで連れていく作戦にした。お店で長いこと待たされたら疲れちゃうからね。
そんなこんなで、おばあちゃん家に妻とぼくが残って雑談を続けていたら、妻が「ちょっと疲れちゃったかも、先にホテルに帰って休もうかな」と言う。無理して会食に行ってもたいへんだろうから、話してくれてありがとうと思って、送り出すことにした。おばあちゃんのお部屋の玄関のところで妻をお見送りしたら「エレベータで降りていって、建物の入口のところまで見送りなさい」とおばあちゃんに叱られた。おもしろい。
お部屋に戻っておばあちゃんとの雑談に戻る。人がたくさんいてごちゃごちゃしているときより、こうしてふたりで話すときの方が聞き取りやすいみたいで、おばあちゃんがリラックスしてくれたように見えた。だんだんと耳が遠くなってきていて、聞こえないとストレスだろうし、心配だな〜。そうこうしていたら妻から着信があって、どうやら道がわからなくなって迷子になっちゃったらしい。泣きながら助けを求めてきたので、おばあちゃんに「早く迎えに行きなさい」と叱られながら妻を助けに行く。Google MapsでLocation Sharingを有効にしてもらえたらすぐに会いに行けるよね。慣れたもんです。
おばあちゃんのことをひとりにしたくないし、迷子の妻のことも放っておけないし、緊急ミッションという感じでおもしろかった。無事に全員が助かる。ホテルに戻ろうとしていた妻に「もうひとりになるな」と声をかけて、合流して、結局みんなで回転寿司を食べた。すべてまるくおさまった。
注文用タブレットを操作してくれたのが27歳男性で、すごい勢いでお寿司が注文されて次々に運び込まれてきて怖かった。
新札幌駅歯科、今度は8のところにだけルビが振ってある広告を見かけて、さてはそういう施策か〜。まんまとアテンションを向けてしまった。ちょっと気になる、おもしろ広告であった。
ちょっとずつPixel 9 Proで撮った写真が入ってくるよ。Pixel 8 Proからの移行を進めていくからね。
妹がようやく父親の面会に行けて本当によかった。とってもうれしかった。妹が父親といっしょに写したセルフィーを共有してくれて、ちょっと泣いた。なんか、意識のない状態の父親を写真に撮ることを無意識に避けていたかもしれない、と気付かされる。笑顔で写真を撮って共有してくれる妹の明るさに、ぼくは救われていると思う。そう思ったら泣けた。
それから、5月の家族旅行のときに松本城の前でみんなで撮った写真を、弟1が病室に飾ってきてくれたとのことだった。これまた泣いた。プリントして、写真立てに入れて、持っていってくれたんだねえ。あなたの娘と息子がこんなにすてきなんだから、早く目を覚ましてお礼を言った方がいいよ。たのむぜ。
今日は体調があんまりよくなかったのかな、なにかに着手しようとしても気分が乗らず、グズグズしている時間帯があった。メンタルの調子もよくないのかも、と思ってそんな気分を純朴声活に吹き込んでおいた。
作業を進める手が乗ってきたのが21:30くらいという、なかなかむつかしいコンディション。やりたい作業を少しだけ進めることができた。
弟1と通話して、いとこと通話して、そのあと妹からも着信があって通話して、という日だった。弟1には「母親のこと、見ておいてくれ〜」と、いとこには「おばちゃんのこと、見ておいてね〜」と伝える。ひとりひとりが少しでも穏やかに過ごせますように。
しかし、ここにきて家系や親族について初耳の情報を次々に知らされて「えっ、そうなの!?」となっている。ドキュメントにまとまっているわけでもなく、たまたま話の流れで聞かされるばっかりで、全容把握がむつかしすぎる。どうしたらいいの〜。
父親のケガのことがあり、母親にApple Watch SEをプレゼントすることにした。転倒や衝突の検知機能をうまく活用できるといいな。もちろん、活用する日なんてこない方がよいのだけれど。
Apple Watch SEのこともあって母親と1時間近く通話していた。モバイル端末が存在しなかった時代は、誰かが倒れたりしてもすぐには連絡がつかない人もいたりしてたいへんだった、という昔話などで盛り上がる。それなりに元気そうでなにより。妹も弟1も母親のことをけっこう心配しているからね、声をかけあってやっていこう。
月初ということで、関東ITソフトウェア健康保険組合への保険料の支払いなどなど、月初タスクをやっていった。最近は月末・月初のタスクを忘れていて慌てるようなことも減ってきたな。去年の1月から今のような暮らしをしているわけだから、まあ、慣れていてもらわないと困るか。自分ではコントロールできないことが起こってバタバタするのは仕方ないとしても、事前に予期されているタスクの類は滞りなくやっていきたい。
夜中、弟1から着信があって「なんだ!?」と身構えたが近況報告と雑談だった。札幌でいろいろと動いてくれてありがたい。家族のひとりひとりが少しでも穏やかに暮らせるよう、声をかけあってやっていく。弟1と話していたら弟2のことが気になってきたので、今度は弟2に連絡してみよう。
朝、札幌市内で目覚める。時間に余裕があったのでMORIHICO.でコーヒーとパンをやっておいた。
聞くところによると、昨晩に妹から妻に個別のLINEの連絡があったようだ。「兄はまわりの人のことを心配してくれているが、兄のことも心配なので、ケアしてやってくれ」的なことを妻に伝えてくれたみたい。うちの妹はこういう声かけをしっかりできる人で、素敵だと思う。
きのうの夜に集まったメンツでまた集まってランチに行こう、ってことで7人でRAMAIへ。ぼくより札幌に詳しい人たちがお店のチョイスなどをやってくれるので助かる。ぼくはRAMAIの利用は初だな。スープカレー、とてもおいしかった。
「テセウスの船」みたいな意味で「ギャルの曽根」の話をした。すでにギャルでも曽根でもなくなってきているギャル曽根という概念のことを考える。
病院に行くまで、まだ時間の余裕がある。大人7人で時間を持て余す。スープカレーを食べてみんな満腹だし、カフェに行ってお茶する感じでもないか。ってことで、フードコードのあるイオンにでも行って過ごそうってことになった。
上階にある駐車場が混んでいて、なかなか入っていけない。登り坂の途中で待たされるので「マニュアル車だったら、坂道発進が面倒だねえ」という話をする。うちの妻は坂道発進のことを知らなかったのでみんなで説明した。そうこうしていたら、もう1台の車から電話がかかってきて「混んでるね〜」「もうちょっと待つことになりそうだね」と話す。そしたら電話の向こうから「坂道発進が〜」と聞こえてきて、こちらの車内のみんなで笑った。
北海道内のイオン、さらっと六花亭が入っていたりするのですごい。
さてさて、本日のメインイベントである、病院での父親との面会。「週に2人まで」という厳しめの制限があるらしく、今週のその枠はぼくたち夫婦に割り当ててもらうことになった。「わざわざ松本からきてくれているから」とのことで。先に母親が会いに行った方がいいんじゃないの、などの話はきのうの時点で済んでいる。母親は「病院まで救急車でいっしょにきたし、来週にもこれるから」と言う。
きのう、手術が終わった時点で「命に別状はない」と説明を受けていた。とはいえHCUに入っている状態で、会話などはできない状態。HCU (高度治療室) ってのはICU (集中治療室) が必要ってほどじゃない状況の人がお世話になる場所、という理解。「ICU→HCU→ 通常の病室」って感じで、退院に向かう段階があるみたい。
ぼくはHCUと呼ばれる場所に入るのも人生で初めてだし、緊張しながらそのときを迎える。
ベッドに横たわっている父親は、ぼくが想像していたよりは元気そうだったな〜。元気というのは変な話で、こちらから一方的に話しかけるしかない状況なので、今後どうなっていくのかぜんぜんわからないのだけれど。でもぼくは「元気そう」と感じたのだった。体は一生懸命に呼吸を続けていて、顔色も悪くないし、外傷がほとんどないから「元気そう」と感じたのかな。面会が許されているのは15分間のみ。手で体に触れてみたり、トントンとリズムを送ってみたり、いっぱい話しかけたりした。ぼく以上に妻がたくさん話しかけてくれて本当にありがたかった。
きのう、松本から飛んできたよ。今日はじゅんとまみが会いにきたよ。なるべく病院の近くに、と思ってすぐそこのホテルに泊まったよ。あっちには母さんも弟たちもいるよ。帯広からおばちゃんたちもきているよ。妹たちもすごく心配しているよ。痛くない?苦しくない? と、聞こえているかはわからないとしても、なるべくこちらの状況を伝えようと努めた。
途中、口のあたりと腹筋のあたりが少し動いて、なにか話そうとしてくれている!?となった。意識はあるけど体は思うように動かせない、という金縛りみたいなパターンもあるのかなあ。わずかに開いている左目は、こっちを見てくれているようにも感じたんだよな。
あっという間に15分が経過してしまい、係の人がきて「そろそろ…」と告げる。妻が「やだ!」と食い下がる。もし父親の意識はあってぼくらの姿は見えていて声も聞こえているとして。次の面会の予約を入れられるのが来週なのがつらすぎる。ひとりで1週間もがんばらなきゃいけないとしたらつらすぎるでしょ。それよりは「ずっと眠くてウトウトしている」みたいな状態だったらいいな。そんな願いばかりが浮かんでくる。
結局17分間くらいはあの場にいたのかな。HCUを出て、待っている家族と合流する。妻がワーッとしゃべってみんなへの報告をやってくれた。そのあとお医者さんからもちょっとした説明があって、きのうに比べて呼吸も安定してきている?とかなんとかで、ポジティブな情報が増えた日だった。ありがたい。
病院をあとにして、とりあえず解散。ぼくと妻は、帯広のおばちゃんといとこの車に乗せてもらって宿泊先のホテルまで移動した。母親と弟1と弟2は、また別の場所へと向かっていった。
きのうの午前に連絡を受けてから「わからなくて不安!」という感じだったけれど、面会で父親と会ってきたことで「今はこういう状態」がわかって、自分が抱えていた不安の一部が解消されたようだった。がんばっているであろう父親に元気を渡すつもりで会いに行ったのに、むしろ父親がぼくらを元気にしてくれたんじゃないか、という感覚。不思議。
ホテルにチェックインしてM2 MacBook Air 2022をいじっていたが、疲れ果てて寝落ちしてしまう著者の様子。妻が撮影。
夜、札幌の街中で海鮮を食べた。きのうから気持ちが忙しくて疲れちゃったので「ひさしぶりに酒でも飲むか!」と日本酒を一合いただいた。とにかく、みんなの心が少しでも穏やかであってほしいなあ。祈るしかできない。
ホテルに戻ってのんびりと過ごしていたら、帯広に帰っていったいとこから着信があった。このいとこは学年がぼくのひとつ上で、幼少期からずっとぼくの面倒を見てくれている「兄」に近い存在。うちの父親からみると甥だね。どうやらぼくのことを心配してくれているようで、たくさんの言葉をくれた。ありがたい。うちの両親や親戚のみなさんが良好な関係を維持してきてくれたおかげで、こういうときにお互いを気にかけて行動できるんだなあ。すごいことだ。
そのあと、ぼくから妹に声をかけて通話した。ぼくはこっちにきて父親に会えたことで気持ちが前に進んだ感じがあるけどさ、そう思えば、まだ札幌にこれていない妹のことは心配だった。札幌で集まった7人は身を寄せ合ってケアの時間を持てたので、その輪に少しでも妹を巻き込んでいきたい。面会に行かせてもらったぼくらから妹に伝えられることはあるだろう。ぼくと妻と妹でおしゃべりしていて、途中から妹の夫さんも参加してくれて4人であれこれ話した。結局1時間くらいはしゃべっていたかな。穏やかな時間だった。
妹との通話を終えて、そのままベッドの上で過ごしてやがて眠りに落ちていった。




