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アウト・ペインティングってのがある。画像生成AIが、元画像の周辺部分をそれっぽく描いてくれるやつ。 ぼくの好きなアウト・ペインティングの事例は金八先生のやつです。 金八先生 こんなふうに「外側を考えてみる」って思考パターンが人生の役に立つこともあるよな、と思ったので、これを「アウト・ペインティング思考」と呼んで紹介してみたい。 自分が小集団の中にいて A という属性を持っていたとする。自分のまわり
日常的に「コミュ力が高い」「協調性がある」などの言及が聞こえてくる しかしそこで指すものは個人によって解釈に幅があり、見かけ上の会話が成立していても安心はできない そこで自分の考えを整理し明文化しておくことで、認識合わせの助けにしたい 自分を中心として見た社会があったときに、自分が難なくやりとりできる輪というのがあると思う この輪の内側を「ウチ」と、外側を「ソト」と言ったりもする ぼくは、この輪の
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ここから、定義のふわふわした言葉をたくさん使って文章を書きます。隙がありまくると思うので、思うことがあれば教えてください。やさしいフィードバックをお待ちしております。
ちょっと前までは、「アニメ」「漫画」「ビデオゲーム」あたりはサブ・カルチャーと呼ばれることが多かった。今でもそう?でも令和じゃACGって商業的に見てもかなり大きなものになっていて、メインじゃないカルチャーという意味でのサブ・カルチャーではなく、サブカルという名前の日本の主流のカルチャーのひとつになっていると感じる。
ぼくの趣味らしい趣味といえば「漫画を読むこと」で、漫画は日本人の平均よりは多く読んでいるんじゃないかと思う。その他のカテゴリでいったら、そのときの流行りのものを人並みに楽しみながら過ごしてきたんだと思う。音楽でいえばJ-POPばかり聴いてきたしね。そんな中で漫画がどんどんメインっぽいカルチャーになってきたからさ、ますます自分の大衆性が強まっていそう。鬼滅の刃も楽しく読んだもんな。
こういうのって、エンタメの「好み」の話と捉えてきたのだけれど、最近になって、自分の精神性とも強く結びついているんじゃないかと思えてきて。メンタリティとか、もっといえば価値観とか、考え方のベースというか。なんか、自分の思考って、ほとんどの時間をマジョリティの側に立って生きてきた人のメンタリティを帯びている感じがするんだ。逆からいえば、マイノリティ度合いがもっと高かったら、ポップ・カルチャーをそんなに楽しめない人生だったんじゃないかって。
…と、自分で書いていても「論として弱いな〜」と不安になってきたのでClaudeに相談してくる。
ただし、あなたの文章で触れていた「マジョリティ/マイノリティ」と「ポップカルチャー享受」の関係については、むしろ現代では複雑化していて、マイノリティ・コミュニティが独自の文化的アイデンティティを形成する場としてポップカルチャーを活用する例も多いんです。
ふわふわしたことを考えたときにGenerative AIに批評を頼むとすごく捗る〜。そんなわけで、まだまだ整理が追いついていない最近の思考の断片でした。日記だからね、これくらいの完成度のものも書いていこう。
ぼくはHip-HopのこともBEEFのこともぜんぜん知らなくて、話題になっていてもせいぜい遠くから眺めるくらいで実際に曲を聴きにいったりするようなこともほとんどなかった。先月下旬、わりとぼくがウォッチしている界隈で勃発していたので、今回はいくらか追ってみようと思って興味を持って情報をキャッチしている。
「ビーフ」が連日話題を呼んでいます。発端は6月21日、ラッパー・NENEが突如リリースした楽曲「オワリ」でした。彼女はこの曲で、SKY-HIがCEOを務めるBMSGと、ちゃんみながタッグを組んで開催したオーディション「No No Girls」から誕生したガールズグループ・HANAを想起させるようなディスソングを展開したのです。ただ、これはHANAに対するディスというよりも、ヒップホップへのリスペクトが感じられないポップ・シーン全体への問題提起とも受け取れる内容でした。だからこそ、象徴的な存在として、ちゃんみなやSKY-HIが名指しで攻撃される形になったのです。
【業界激震】ラッパーNENEからちゃんみな&SKY-HIへの宣戦布告「ビーフ」が「ヒップホップVS.ポップ」の代理戦争に発展(つやちゃん) | マネー現代 | 講談社
あまり意識してこなかったけれど、自分はポップ・カルチャーの中で生きてきたように思う。音楽でいえばJ-POPばかり聴いてきた。週刊少年ジャンプに掲載されているような少年漫画を好んで読んできた。大衆文化のトレンドの中にいて、マジョリティの側に身を置いてきたとも言えるかもしれない。
今回のことで感心したのは、NENEさんのファンの人たちの多くが批判的な観点を持っていること。これはHip-Hopのカルチャーと無関係ではないと感じた。一方でポップ・カルチャーな層の人々は、その多くが、応援しているアーティストに対して無批判な態度を取っているように思える。「かっこいいことはかっこいいし、ダサいことはダサい」と言える態度の人たちを見て、自分は清々しい気分になった。
自分は基本的には「強い言葉を使わないで、楽しくやっていこ↑」なマインドだと思う。そこに、大学院時代のアカデミックな雰囲気やソフトウェア開発におけるレビュー文化から取り入れたエッセンスが加わって、やわらかく批判的であること、建設的であること、を快しとするスタンスに落ち着いて今に至っているのではないか。そんなことを考えた。
もうちょっと深堀りしたくなったのでClaudeに「批判的に返して」とオーダーしながら会話したら、だいぶおもしろかった。デフォルトの挙動だと、あまりにも同調が強くて気持ちよくないときがあるので、常にこれくらい批判的に返してほしい。その方が得るものが多いわ。
というわけで、自分は多様な文化のことをぜんぜん知らんな〜〜〜となったので、Claudeにおすすめしてもらったアクションを取り入れてみたり、あれこれ目で耳で肌で感じて、世界を広げていきたいな〜と思ったのだった。
日本における障害者の権利は、どのような状況に置かれているのだろうか?今後権利を充実させていくためにどのような取り組みが必要なのだろうか?障害者の権利とはどのようなものか整理した上で、今回の国連勧告の内容を紐解いていく。
国連、日本における障害者の権利について改善求める = なにが論点? | The HEADLINE
「Nothing About Us Without Us」はかっこいいなあ。ぼくもそう思うときある。
ぼくらは誰しも、なんらかの軸で見ればマイノリティで弱者だと思う。自分がマジョリティになれるような軸を見つけて、マジョリティに紛れるように立ち位置を選んでマイノリティを切り捨てるのはすごく楽だと思うけれど、明日には自分が切り捨てられるかもしれないと考えて社会を見てみると体が強張るのを感じるね…。
今日のあれこれ
- 道路を方角ごとに塗り分けると、その街のでき方がわかる :: デイリーポータルZ
- 地図の話、めちゃおもしろいな
- mamipekoといっしょに東京と札幌をGoogle Mapsで眺めてワイワイとやった
- ロケーションバーでアニメーションする - hitode909の日記
- ははーん、おもしろいな
- 日本人の同僚に知ってほしいこと──欧米人の僕が、日本企業で初めてマイノリティになった苦悩と期待 | サイボウズ式
- 自分はマジョリティの側にいることが多いからなあ、もっとマイノリティになれる場所を持った方がいいのかも
- 固定化された格差の上にあぐらをかくようなことにならないように
- NEXT GENERATION GOVERNMENT
- 次世代ガバメント 小さくて大きい政府のつくり方
- https://www.amazon.co.jp/dp/B082PQXXRZ/
- Queer Eye: We're in Japan!の「クレイジー・イン・ラブ」の回を観た
- https://www.netflix.com/watch/81046035
- 今回はカンさんという男性の回
- 残り2つのエピソードも観ていくぞ〜
- ぼくは、自分にとって居心地のいい、自分がマジョリティでいられる場所ばかりに身を置いていないか?と自問した
- コンフォート・ゾーン
- 自分に合った場が見つかっていて、そこにいることが許されている、これ自体は幸せなことだと思う
- でも、もっとマイノリティになってみたいという気持ちがある気がする
- まわりが自分とはぜんぜん違う属性で、考え方で、価値観で、そういう場でも自分でいられるのか、感謝されるような存在であれるのか、に興味があるのかもしれない
- ちゃんとマイノリティになれれば、今より他者にやさしくなれそう、という期待があるのかもしれない
