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2021-10-31の38歳時点での人生メモ。ここまでの人生では、真っ向勝負を避けることが多かったように感じている。 unknown person facing sideways photo–Free Berlin Image on Unsplash 中学校を卒業して高専に入学して、同学年の中ではマイノリティになった。中学時代の同級生たちが高校卒業を控えて大学受験や就職活動で慌ただしくしていた頃、
アウト・ペインティングってのがある。画像生成AIが、元画像の周辺部分をそれっぽく描いてくれるやつ。 ぼくの好きなアウト・ペインティングの事例は金八先生のやつです。 金八先生 こんなふうに「外側を考えてみる」って思考パターンが人生の役に立つこともあるよな、と思ったので、これを「アウト・ペインティング思考」と呼んで紹介してみたい。 自分が小集団の中にいて A という属性を持っていたとする。自分のまわり
マザー・テレサが言ったっぽい、とされる下記のフレーズがある。出典がうまく見つけられないので「出典はこれだよ」「それ別の人が言ったやつだよ」等あれば教えてください。 思考に気をつけなさい。それはいつか言葉になるから。 ぼくは逆の向きもあると思っていて、ふだん使っている言葉が思考を形成するってパターンを意識しておくのはとても大事だと考えている。自然言語を扱う生物は、言葉を使って思考するからね。 数日前
日常的に「コミュ力が高い」「協調性がある」などの言及が聞こえてくる しかしそこで指すものは個人によって解釈に幅があり、見かけ上の会話が成立していても安心はできない そこで自分の考えを整理し明文化しておくことで、認識合わせの助けにしたい 自分を中心として見た社会があったときに、自分が難なくやりとりできる輪というのがあると思う この輪の内側を「ウチ」と、外側を「ソト」と言ったりもする ぼくは、この輪の
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ここから、定義のふわふわした言葉をたくさん使って文章を書きます。隙がありまくると思うので、思うことがあれば教えてください。やさしいフィードバックをお待ちしております。
ちょっと前までは、「アニメ」「漫画」「ビデオゲーム」あたりはサブ・カルチャーと呼ばれることが多かった。今でもそう?でも令和じゃACGって商業的に見てもかなり大きなものになっていて、メインじゃないカルチャーという意味でのサブ・カルチャーではなく、サブカルという名前の日本の主流のカルチャーのひとつになっていると感じる。
ぼくの趣味らしい趣味といえば「漫画を読むこと」で、漫画は日本人の平均よりは多く読んでいるんじゃないかと思う。その他のカテゴリでいったら、そのときの流行りのものを人並みに楽しみながら過ごしてきたんだと思う。音楽でいえばJ-POPばかり聴いてきたしね。そんな中で漫画がどんどんメインっぽいカルチャーになってきたからさ、ますます自分の大衆性が強まっていそう。鬼滅の刃も楽しく読んだもんな。
こういうのって、エンタメの「好み」の話と捉えてきたのだけれど、最近になって、自分の精神性とも強く結びついているんじゃないかと思えてきて。メンタリティとか、もっといえば価値観とか、考え方のベースというか。なんか、自分の思考って、ほとんどの時間をマジョリティの側に立って生きてきた人のメンタリティを帯びている感じがするんだ。逆からいえば、マイノリティ度合いがもっと高かったら、ポップ・カルチャーをそんなに楽しめない人生だったんじゃないかって。
…と、自分で書いていても「論として弱いな〜」と不安になってきたのでClaudeに相談してくる。
ただし、あなたの文章で触れていた「マジョリティ/マイノリティ」と「ポップカルチャー享受」の関係については、むしろ現代では複雑化していて、マイノリティ・コミュニティが独自の文化的アイデンティティを形成する場としてポップカルチャーを活用する例も多いんです。
ふわふわしたことを考えたときにGenerative AIに批評を頼むとすごく捗る〜。そんなわけで、まだまだ整理が追いついていない最近の思考の断片でした。日記だからね、これくらいの完成度のものも書いていこう。
日本における障害者の権利は、どのような状況に置かれているのだろうか?今後権利を充実させていくためにどのような取り組みが必要なのだろうか?障害者の権利とはどのようなものか整理した上で、今回の国連勧告の内容を紐解いていく。
国連、日本における障害者の権利について改善求める = なにが論点? | The HEADLINE
「Nothing About Us Without Us」はかっこいいなあ。ぼくもそう思うときある。
ぼくらは誰しも、なんらかの軸で見ればマイノリティで弱者だと思う。自分がマジョリティになれるような軸を見つけて、マジョリティに紛れるように立ち位置を選んでマイノリティを切り捨てるのはすごく楽だと思うけれど、明日には自分が切り捨てられるかもしれないと考えて社会を見てみると体が強張るのを感じるね…。
今日のあれこれ
- 道路を方角ごとに塗り分けると、その街のでき方がわかる :: デイリーポータルZ
- 地図の話、めちゃおもしろいな
- mamipekoといっしょに東京と札幌をGoogle Mapsで眺めてワイワイとやった
- ロケーションバーでアニメーションする - hitode909の日記
- ははーん、おもしろいな
- 日本人の同僚に知ってほしいこと──欧米人の僕が、日本企業で初めてマイノリティになった苦悩と期待 | サイボウズ式
- 自分はマジョリティの側にいることが多いからなあ、もっとマイノリティになれる場所を持った方がいいのかも
- 固定化された格差の上にあぐらをかくようなことにならないように
- NEXT GENERATION GOVERNMENT
- 次世代ガバメント 小さくて大きい政府のつくり方
- https://www.amazon.co.jp/dp/B082PQXXRZ/
- Queer Eye: We're in Japan!の「クレイジー・イン・ラブ」の回を観た
- https://www.netflix.com/watch/81046035
- 今回はカンさんという男性の回
- 残り2つのエピソードも観ていくぞ〜
- ぼくは、自分にとって居心地のいい、自分がマジョリティでいられる場所ばかりに身を置いていないか?と自問した
- コンフォート・ゾーン
- 自分に合った場が見つかっていて、そこにいることが許されている、これ自体は幸せなことだと思う
- でも、もっとマイノリティになってみたいという気持ちがある気がする
- まわりが自分とはぜんぜん違う属性で、考え方で、価値観で、そういう場でも自分でいられるのか、感謝されるような存在であれるのか、に興味があるのかもしれない
- ちゃんとマイノリティになれれば、今より他者にやさしくなれそう、という期待があるのかもしれない