Mentioned in topics
ただ単に「好き!」ってだけじゃなくて、価値観に影響を与えてくれたような作品たちを整理しておきたい。 ジョジョの奇妙な冒険、特にPart4のダイヤモンドは砕けない ドラゴンクエスト ダイの大冒険 スラムダンク HUNTER×HUNTER レベルE 結界師 金色のガッシュ!! バトルグラウンドワーカーズ イムリ 超機動暴発蹴球野郎 リベロの武田 湘南純愛組! 武士沢レシーブ ドラゴンボール ARMS
YouTubeのプレイリストのURLを貼っておく。このページをつくった2023-12-02時点では、全12エピソードのうち6エピソードしか公開されていないが、ぼくはCOTEN CREWのアーリーアクセスでその先まで聴いている。 通しでざっと聴いたくらいでは「民主主義とはなにか?」に自分の言葉で答えられるようにはならない それはそう 「民主主義とはシステムのことではなく」という説明が心に残っている
ってのを意識的にやるようにしている。特にここのScrapboxで日記を書くようになってからは、小さなことでもカジュアルに書いて公開状態にしておくことが増えたと思う。 たとえば、下記のようなものがある。 同僚を家族とは思っていない 「わがまま」について考えたこと 定型句コミュニケーションに対する苦手意識 また、自分から生じた考え方ではなくても、どこかで見聞きした考え方をメモとしてScrapboxに記
From 他人を褒める|浅生鴨|note 自己肯定感、自尊心、コミュニケーション、価値観などについて書かれていると解釈した。 大人になるとなかなか褒めてもらえない。でも、だからといって、大人になってからこうした自尊感情が育たないかといえば、そんなこともない。 他人を褒めるためには自分の中にある種の規範や基準が必要だから、他人を褒めていると、そうした基準が自分の中でしだいに育ち、そして、それがやが
あるトピックについて「賛成」「反対」というふたつの意見が存在し得る状況において、ぼくが「賛成」派だったとする。 このとき、賛成意見の人たち全員と仲間意識を持てるかというとそうでもなくて、反対派を攻撃するような人たちがいたら「迷惑だなあ」「やめてほしい」と思う。たとえ自分とは意見の合わない反対派の人だとしても、お互いの意見を尊重し合いながら対話できる相手であれば「ありがたいなあ」と思えるケースもある
社内の企画で2021-07-19にantipopさんとおしゃべりした様子を収めた動画があり、その回につけられたタイトルが「しなやかな合理性」であった。 ぼくの価値観にうまいことそれっぽいラベルを付与してもらったな〜と思い、あらためて自分の言動の背景にある考えと向き合っていくとよさそう。 以前にページに起こしたStrong Opinions, Weakly Heldなんかも、強さとしなやかさをバラン
落合渉悟さんと設楽悠介さんがしゃべっている動画。2020-09-24に見た。設楽さん、床に座っているような感じ。ぼくはこういう雰囲気は好き。 あたらしい経済、HOTTAKE ブロックチェーン、Blockchain、民主主義、なめらかな社会とその敵、自由主義、新自由主義、Ethereum、ローレンス・レッシグ、Lawrence Lessig、Cryptoeconomics マーケット Market
Mentioned in days
ここから、定義のふわふわした言葉をたくさん使って文章を書きます。隙がありまくると思うので、思うことがあれば教えてください。やさしいフィードバックをお待ちしております。
ちょっと前までは、「アニメ」「漫画」「ビデオゲーム」あたりはサブ・カルチャーと呼ばれることが多かった。今でもそう?でも令和じゃACGって商業的に見てもかなり大きなものになっていて、メインじゃないカルチャーという意味でのサブ・カルチャーではなく、サブカルという名前の日本の主流のカルチャーのひとつになっていると感じる。
ぼくの趣味らしい趣味といえば「漫画を読むこと」で、漫画は日本人の平均よりは多く読んでいるんじゃないかと思う。その他のカテゴリでいったら、そのときの流行りのものを人並みに楽しみながら過ごしてきたんだと思う。音楽でいえばJ-POPばかり聴いてきたしね。そんな中で漫画がどんどんメインっぽいカルチャーになってきたからさ、ますます自分の大衆性が強まっていそう。鬼滅の刃も楽しく読んだもんな。
こういうのって、エンタメの「好み」の話と捉えてきたのだけれど、最近になって、自分の精神性とも強く結びついているんじゃないかと思えてきて。メンタリティとか、もっといえば価値観とか、考え方のベースというか。なんか、自分の思考って、ほとんどの時間をマジョリティの側に立って生きてきた人のメンタリティを帯びている感じがするんだ。逆からいえば、マイノリティ度合いがもっと高かったら、ポップ・カルチャーをそんなに楽しめない人生だったんじゃないかって。
…と、自分で書いていても「論として弱いな〜」と不安になってきたのでClaudeに相談してくる。
ただし、あなたの文章で触れていた「マジョリティ/マイノリティ」と「ポップカルチャー享受」の関係については、むしろ現代では複雑化していて、マイノリティ・コミュニティが独自の文化的アイデンティティを形成する場としてポップカルチャーを活用する例も多いんです。
ふわふわしたことを考えたときにGenerative AIに批評を頼むとすごく捗る〜。そんなわけで、まだまだ整理が追いついていない最近の思考の断片でした。日記だからね、これくらいの完成度のものも書いていこう。
もっと外へ、もっと内へ
- 近所に小中学校がいくつかあるので、地域住民によるボランティア活動があるのか調べてみた
- 関わったらきっと楽しいだろうとは思うけれど、現時点では想像もしていないような出会いに期待して、今はちょっとおとなしくしておくかな…という気持ち
- ダンス教室に通ってみることにした、継続的に楽しめるといいな〜
- これは自分にとって未知のことが多いのでグッドな取り組み
- きのう気落ちしたのがおもしろかった、自分の内にある価値観をまたひとつ発見する
- いったんAgentic Codingというくくりで考えてみて、まだまだ変化に振り回されている感じがあるなあ
- GitHub Copilot期
- 補完が的確で「自分のコーディング」が加速する
- わりと無邪気に「便利〜」「たのしい〜」だけでいられた時期
- Cursor + Claude 3.7 Sonnet期
- 自分のコーディングを手放して別の役割にまわる発想を得る
- これまでの開発スタイルを脱却するためにアンラーニングを伴った
- Claude Code + Claude 4期
- アプリケーションのログやデータベース等、コードベース以外も渡してやった方がよさそうとの認識が強くなる
- 本格的にスタンスを変えた方がいいんだろうな、とまた思わされる
- 自分はコーディングのための環境を整える係、ロボット掃除機のためにお部屋を片付ける人間
- こんな感じで、けっこうアプリケーション開発者としての自我が揺さぶられていると思う
- GitHub Copilot期
非日常
今日、社の人が「自分が生きている間にこんな体験をするとは、と9年ぶりにまた思った」的なことを言っていて、たしかになあ、といろいろと思いを巡らせた。
東日本大震災のとき、自分は東京都内に住んでいて、自分自身の生活というスコープで見ると数日間でもとに戻ったんだっけな。そろそろ詳細は思い出せなくなってきている。激しく被災した地域の人々は今もなお復興の道の途中にいるとして、ぼくはほとんど被害を受けなかったから、生活への影響はそんなに大きくなかったんだよな、たしか。ただ、震災後に引っ越したり転職したり起業したりする人は身近に何人もいて、価値観や人生観への影響は大きかったように思う。
今回の新型コロナウィルスは、生活への影響がけっこうある。新型コロナウィルスの感染拡大に備えた全社的在宅勤務体制が発令になってから、もう丸2ヶ月ほどこれまでと違う生活をしている。こういうことが、今後も10年に1回くらいはあると思って生きていくとよいのかもしれない。