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1983〜北海道 虻田郡 倶知安町 1985〜北海道 江別市 大麻 1989〜北海道 石狩郡 当別町 1991〜北海道 網走市 1995〜北海道 稚内市 1997〜北海道 釧路市 2004〜北海道 札幌市 南区 2008〜東京都 大田区 蒲田 2017〜東京都 葛飾区 新小岩 2021〜栃木県 那須塩原市 黒磯エリア 2023〜長野県 松本市 2025〜大阪府 関連 : 西暦、和暦、自分の年齢や学
From 都庁と伽藍とバザール|miyasaka|note by 宮坂学さん このプロジェクトを通じてシビックテックについて多くを彼やその仲間から学びました。全員の名前はとても書ききれないんだけどまさに私にとってのジェダイマスターたちです。せっかくなのでジェダイマスターたちから学んだことをこれを機会に書き留めておきます。行政でシビックテックやオープンデータの推進を検討してる人の参考になると幸いです
✅ 地元を出てみる これまでに住んできた市区町村 ✅ 一人暮らしを経験する ✅東京都に住んでみる ✅ 中部地方に住んでみる 松本の家 ⬜ 関西のどこかに住んでみる ⬜ 中国・四国のどこかに住んでみる ⬜ 九州・沖縄のどこかに住んでみる ✅会社員を経験する ✅転職を経験する ✅個人事業主を経験する ⬜ 自作のプロダクトでお金を稼ぐ ⬜代表作と呼ばれるような作品をつくる ✅テレビ番組に出演する 201
かつて暮らしとプロダクト2020というページをつくったことがあった。当時は東京都葛飾区新小岩に住んでいて、そのあと栃木県那須塩原市、長野県松本市と引っ越して生活スタイルも大きく変化しているので、あらためて2023年版を書き残しておこうと思う。 カテゴリごと でかい話 賃貸一軒家4LDK くるみ コンピュータとその周辺機器 M2 MacBook Air 2022 TRIGKEY Speed S5 P
インターネット上のウェブ空間、あるいはサイバー空間やデジタル空間と言ってもいい。ぼくがこうして文字を書き込んでいる、この場所ね。この場所を物理的な地方のひとつのように捉えている感覚がある。 2012年にはウェブと云う國 - #june29jp というエッセイを書いたこともあった。 2006-06-29にjune29.jpにてブログの運用を始めて、このときに「ウェブに籍を得た」と言えそうだ。これ以来
最近のぼくが感じていることなどを書いておく。 これまでに住んできた市区町村に詳細を記してある通り、北海道で生まれ育ち、会社員になるタイミングで東京都に拠点を移し、それから栃木県と長野県の自然豊かな場所を選んで暮らしている。 北海道期 東京期 地方転々期 ここではためしに、上記のようにラベリングして整理してみよう。 北海道期においては「それしか知らない」という状況が多かった。実に24歳まで北海道にし
これまでに住んできた市区町村にも記した通り、2008年に北海道を出て東京都にやってきた。羽田空港に降り立ったのは2008-03-31かな。 上京してきてよかったことのTop 5に「シン・ゴジラの無人在来線爆弾のシーンで泣ける感性が手に入ったこと」が入ると思うんだよな〜 Top 1は妻と出会えたことです シン・ゴジラの無人在来線爆弾のシーンは本当に好きで、あれは、都内に住んで日常的に山手線を利用する
東京都、神奈川県、千葉県だけで過ごしていたっぽい。 Walking 健康のためのお散歩を続けていたので、歩数は一定以上をキープしていた Transit 通勤のあった1月だけ突出していて、3月から10月まではほとんど無 Cycling 2、3、11、12月に約1時間ずつって感じかねぇ
東京都、東京都副知事、宮坂学さん、PdM、Product Management、Product Manager 宮坂学さんのお話が力強いのもそうだけど、及川卓也さんの切り込みも力強い。おふたりがハキハキとしゃべっていて、見ているだけで元気をもらえたような気分になる。 個人的には、終盤のCivic Techっぽい話というか、マイクロコントリビュートの話がいちばんワクワクしたな〜。
自分がそういう状態になっていたら怖いな、どうしたらいいんだろう、というお話。 20代のころのぼくは今よりももっと調子に乗っていたと思う。37歳の今も大なり小なり調子に乗っているとは思うけれど、20代のそれはもっと過激なものであっただろう。今となってはそう思う。 他人に対して自己責任という言葉を振り回したりはしなかったけれど、自分に対して「いま、自分が持っているものは、自分の努力の結果として得られた
東京都は葛飾区で開催される食のイベント「かつしかフードフェスタ」の2019年の回 今年で6回目の開催 2019-11-16〜2019-11-17
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june2X週間。大井町でおはようございます。妻は友だちに会いに行くってことで早めにホテルを発っていって、ぼくは10:00のチェックアウトに合わせて身支度して9:55くらいに大井町フィールドに飛び出した。
起床して妻を見送ってシャワーを浴びて客室から出るまで、超相対性理論の深井龍之介さんゲストの「出雲」シリーズを聴いていた。エピソード番号でいうと113 / 114 / 115ね。
@june29: #超相対性理論 の出雲の話、意味はぜんぜんわからなかったけれどおもしろかったな〜。特に最後の「今からきれいな夕陽を見にいこう」の前のめり感がすごく印象に残っている。とにかく「なにか」を感じているのだろう、ってのは伝わってきた🤔
これを大井町で聴いた、ってのがよくて。あと、Unsplash Wallpaersが選んでくれたM2 MacBook Air 2022の今日の壁紙がたまたま鳥居の写真で、(これは福岡県の奈多海岸の写真だから出雲とは関係ないのはわかりつつ)勝手にエモいものを感じちゃったんだよな。単純にいい写真だから好きってのもある。
深井龍之介さんがなにを感じているかはわからないけれど、ぼくなりに感じたことはある。自分の個性にはいろんな扉があって、それぞれの扉を開く鍵がなんなのかは開けるときまでわからないのではないか。そんで、誰かとの出会いが鍵になることもあれば、強烈な体験が鍵になることもある。鍵になりうるもののひとつとして「場所」があるんじゃないか、と思った。たとえばぼくの例で考えると、出生地である北海道にずっと住んでいたら発見できなかったであろう自分の一面ってのがきっとあって、東京都に住んでみたり、栃木県や長野県に住んでみたりして「自分にはこういう面もあったのか」となる瞬間があるから、最近の深井龍之介さんはあらためて出雲と向き合ったときになにかの扉が開いたのではないか、と想像はした。
さて、大井町をお散歩する。朝10:00からラーメンを食べている人がけっこういてびっくりした。
農家庄も昼や夜によくきていたお店。なつかしい〜。
@june29: I just became the mayor of 農家庄 on @foursquare! http://4sq.com/5qKqp9
@june29: I'm at 農家庄w/ @darashi @kei_s. http://4sq.com/5qKqp9
一時期、節約のためにランチは自炊したお弁当を食べていた時期があり、ここのベンチで食べたりしていた。
幸龍という好きなお店がまだ健在だったのでつけ麺を食べてきた。青虎ってやつね。
きのうの夕方から今日の正午くらいまで大井町にいて、適当にぷらぷらとお散歩するだけで楽しかったな〜。けっこう忘れていることも多いから「この道を曲がったらどうなるんだっけ?」と足取りは不確かなんだけれど、実際に曲がって景色を見た瞬間に「あっ!!!」と記憶があふれてきたりもする。おもしろ感覚。
@june29: 10年以上前に勤めていた会社のオフィスがあった大井町をひさしぶりに訪れてお散歩してみたら、道をひとつ歩くたびにエモさで体に震えがくる…😂
年々、エモさに対する感度が上がってきてやばい感じ、このままいくと50歳くらいで致死量のエモで死ぬのでは?🤔
またりんかい線で移動して、国際展示場駅の改札を出たところで妻と合流する。妻からもらった手土産がこちら。ハンター試験にでも参加してきたのか???
有明四季劇場にて、劇団四季のミュージカル『ライオンキング』を観るぜ!
外で開場を待っている間、手拍子の表拍と裏拍について妻と話していて、その流れでドラえもんの歌を例に「表拍はこうでしょ?そんで裏拍は…」とやっていたら、すぐ近くにいた小学生くらいの女の子がドラえもんの歌を口ずさみ始めたので「空気感染させちまったな」と思った。
場内で誘導の係の人が口頭で同じ案内を何度も何度も繰り返し述べていて、これはその内容を掲示物にした方がいいだろうね、と感じた。わかりやすく文字で案内すればそんなに連呼しなくてよさそう。とはいえ、劇団四季ともあろう組織が場内の案内に関する知見を蓄積していないとは思えないので、ぼくが見落としている要素はありそう。
『ライオンキング』とてもおもしろかったです。ぼくはミュージカルの観劇自体が初のはず。動物大集合みたいなシーンのビジュアルの迫力がすごくて、そこに音も載っていて、しょっぱならからウオ〜となれて最高だった。空間を立体的に使うのが上手だなあ。演者さんたちだけじゃなく、舞台を組み替える人たちの活躍も感じられて興奮したですよ。
ストーリーは正直なところ好みではなかった。『ライオンキング』ってこういうお話なんだねぇ。なんというか、ディズニー全般にハマれていないところがあって、ハマれている人をうらやましく思っている。平成や令和を生きるなら、ディズニーにハマれていた方が幸せだと思うんだよね。なんで自分はハマれないんだろうね。
きのう今日と、ひさしぶりに電車での移動が多い。そこそこに混雑している駅で人と肩がぶつかって、あれはどちらが悪いという感じでもなかったとぼくは思っているけれど、すみません、の一言をやりとりすることもできずにそのまますれ違ってしまったことがショックだった。なんか凹んだんだよね。
人間と人間がぶつかっているのにそれについて言葉を交わすこともできない体験がショックだし、数年前に東京都内で生活していたときにはそれに慣れていてショックを受けなくなっていたよな〜ってことに気付いたのもショックだった。ぼくは、これを悲しいと思える人間でいたいし、次にまたぶつかるようなことがあればすぐに「ごめんなさい」の一言を出せるように備えておきたい。
YOUTRUSTの広告を見かけてなんとなく写真を撮った。
続いて代官山に移動してProof of X - Blockchain As A New Medium For Artへ。THE FACE DAIKANYAMAってところが会場。
いやあ、おもしろかった。関連トークンをゲットできて、これはやっぱり記念品としていいなあ。
- Proof of Visit #1000089 - Proof of Visit | OpenSea
- june29.yuhei4on6.hiraiken.hasaqui.themassage.gin-graphic.daumkuchen.niinomi.uminonaka.noriakinft.royalmilktea.rugstore.ara721.sanjrow.takawo.hnmhdk.miyakodub.kumaartcollective.bouze.proofofx.tsh.eth - ENS: Ethereum Name Service | OpenSea
THE FACE DAIKANYAMAを出て、雨もパラついていたのであまりうろちょろせずに近場でごはんを食べてしまおう、ってことでごはんや一芯に行ってみるも満席で入店できず、次にHENRY'S BURGERに行ってみたら無事に着席できたのでハンバーガーをいただいた。これがとってもおいしくてラッキーだった。
きのう今日、電車内などで近くにいた人々から聞こえてきた会話のメモ。
- 宝くじ、当たったらどうする?
- インド映画はあまりピンときていなかったけど、観たらハマった
電車内では広告がにぎやかで、ふだんの生活ではあまり見かけない類の情報がたくさん視界に入ってきておもしろかった。「クライアントや上司からの無茶な要求があったが、スキルやテクニックを駆使して乗り切るぜ!」的なストーリーの広告をいくつか見かけたんだけど、こういうお話が広く共感を集めるのだとしたら悲しい社会だと思った。無茶な要求を止めさせる方向にがんばっていきたい。たとえば自然災害がトリガーで「急ぎで◯◯をしなきゃ!」ってときに便利な製品のおかげで迅速に〜〜って話なら「よかったね」と思える。無茶を言うクライアントや上司が舞台装置として持ち出されると「そもそもこいつらをなんとかしようぜ」という気持ちが先に立つ。
20:00ちょうどの特急あずさ 53号で、わたしたちは松本に帰りますよ。楽しい観劇ツアーだった。
今日の暮らし
友人夫婦の結婚パーティがあって銀座に行ってきた。記録を確認してみたら、友人夫婦には2019-02-16に遊び相手してもらっていた。まだScrapboxで日記を書き始める前か。写真データをごそごそしてみたらその日の写真が1枚だけあった。なんだかなつかしいなあ。
@june29: 着席しました🍷
とっても素敵なパーティだったねぇ。「共同体」や「コミュニティ」について考える場だったなあ。ぼくも40年近く生きてきて、いろんな場で、いろんな文脈で、いろんな人々と出会ってきて。一時期だけごいっしょする人がいれば、10年以上も付き合いが続く人もいて。今日は数年ぶりに会って話す人もいたんだけどさ、よく接していたころと変わらないノリで話すことができて、とってもうれしかった。近況を教えてもらえてよかったな。
東京駅を22:00に出発する新幹線に乗って帰路に着く。ハピネスの余韻に包まれたまま帰っていく。
帰りのくるみの車中ではGood Boy Jabを聴いていた。こんな夜がずっと続けばいい。
ハレとケ。東京都と栃木県。銀座と黒磯。新幹線という装置を通して、日常と非日常の間をワープしたような感覚があっておもしろかったな。今のぼくにとっての「日常」は那須塩原・黒磯での暮らしのことであって、かつて住んでいた東京という街は今では「非日常」の象徴のような場所になっている。
ハレとケをいったりきたりしながら、長く続くような縁が見つかったらありがたいことだと思う。ぼくの場合は26歳から32歳くらいまでの期間が「友人の結婚関連のイベントに呼んでもらう」のピークで、40歳を過ぎると今日みたいな機会はますます貴重になっていきそう。今日のこの気持ちは忘れないでいたいな。
ひさしぶりに東京都に行くぜ〜。2021-04-22に引っ越して以来だな。出張ってやつだァ。
今日の暮らし
6:30くらいに起床。身支度と荷造り。8:00には自宅を出発。8:48に那須塩原駅を発つ新幹線やまびこに乗って東京駅に向かう。那須塩原駅のプラットフォームに立ったとき、遠くに見える山々に意識が向いた。これまでにも何度か那須塩原駅のここに立ったことはあるけれど、遠くの山を気にかけたのは初めただと思う。これまでは、もっと手前の開けた景色とか、駅前の建物や道路とか、そういったものばかり見ていたような気がしている。視界の中で意識を向けるポイントが変わっていておもしろいと感じた。やまびこは定刻の3分遅れ、8:51に那須塩原駅を出発した。
隣には妻がいたので、すごい勢いで流れていく窓からの景色をいっしょに眺めながらあれこれとおしゃべりしていた。ふたりともひさしぶりに東京に行くので気分が高揚していたように思う。那須塩原駅から東京駅までの移動となると、基本的には進めば進むほど景色が都会になっていく。まるで、文明が進んでいく映像を早回しで見ているようだった。建物の背はどんどん高くなるし、建物の密度は増していくし、反対に空はだんだんと見えなくなっていく。
東京都が都会なのは知っていたというか、自分の中の都会の象徴は「東京」なので、そこには驚かないのだけれど。宇都宮駅や大宮駅の都会っぷりにはなんだか驚いた。黒磯の家の周辺を基準にして考えると、宇都宮駅や大宮駅のあたりはずいぶんと都会だと思う。すっかり、そういう基準になった。
10:00頃に東京駅に着いた。ここで妻と別れて、ぼくは渋谷駅に向かう。ここで「そういや、今の自分のスマートフォンには乗り換え案内系のアプリがインストールされていないや」と気付く。適当に山手線に乗り込んでゆるりと渋谷駅へ。想像していた通り、渋谷駅は姿を変えていた。ずっと工事しているもんなあ。ぼくが出勤のときによく利用していた改札は消え去っていた。
無事にオフィスについて、午前中はそのまま業務を進めていた。
新入社員
ランチはミラフローレスへ。kurotakyとkeokenttがいっしょに行ってくれた。ペルー料理を食べるのは数年ぶりだと思う。オフィスの周辺の飲食店はけっこう閉店しているところも多いようなので、こうして営業が続いているお店があるのはありがたいことだ。おいしくいただいた。
LUUPのスタンドを見かけて「さすが渋谷じゃん」と思った。話に聞いたことがあるだけだったからね。
夜は_mune0903、hyuta555、tnmt、kurotaky、2get、kotarokたちと交流する機会に恵まれた。いろんなことをたくさんしゃべってたくさん笑って、とにかく楽しい時間だった。あとから気付いたんだけど、写真の1枚も撮ることなくおしゃべりを楽しんでいたみたい。なんだか懐かしいねぇ。2019年までは、こういった時間がカジュアルに存在していたんだよなあ、としみじみしてしまう。来年はもうちょっと社のみなさんとの交流を工夫していきたいな。
新型コロナウィルスの感染拡大に備えた全社的在宅勤務体制 42営業日目。
2020-01-27から在宅勤務が始まったので、営業日でいうと42日だけど、期間としてはまるっと2ヶ月が過ぎた。東京都に限っていえば、いや、世界的に見てもそうか、事態は落ち着いていなくて、まだまだ感染は拡大していきそう。少なくともあと2ヶ月間は在宅勤務が続くんじゃないかな、そんな感覚。事業が立ち行かなくなる企業がどんどん潰れていきそうで心配。経済への影響は甚大だろうなあ。

