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In 2026-08-04 Tue Read full day →

プロダクト開発
◯◯できたい

In 2025-12-17 Wed Read full day →

これまでに何度か、妻から「じゅんさんに必要とされている気がしなくて、かなしい」的なフィードバックをもらったことがあり、今週もそういう話になった。うちのチームにとってはけっこうな難題で、何度か対峙しているテーマである。

まずそもそも、ぼくが「必要」という言葉をどう捉えているかって話があり、その認識は、妻の認識や、日本語文化圏の平均的な認識からズレているんじゃないか、と思っている。ここに最初のむつかしさがある。ぼくは「必要」という概念を厳密寄りに捉えているから「あった方がいい」「あってほしい」「あると豊か」くらいのものは「必要ではない」という評価になる。ちなみにこの感覚はプロダクト開発にまつわる意思決定においては、とくに「やらないことを決める」シーンにおいて有用と思っているが、余談だね。

ほんで、そんな捉え方なもんだから、対人関係において「必要な人」とみなしている人がひとりもいない。特定個人に自分の命を依存させることを避けながら生きていると思う。

だからといって「大切な人」がいないわけではない。妻といっしょに暮らすようになって、ぼくの人生はまちがいなく豊かになっているし、妻がイヤじゃないのなら、このままいっしょに生きていってほしいと思っている。自分ひとりでは体験できないことを、たくさん経験させてもらっている。気のいい友人たちのこともすごく好きで、これからもグッドな関係を維持していきたいと思っている。ただ、そこに「必要」というラベルをつけられないというだけで。

対人関係の「必要」に関連して「自立」「依存」のスタンスを持ち出し、二者間の関係における「自分がどうありたいか」「相手にどうあってほしいか」の組み合わせを考えると、下記の4パターンを列挙できる。

(A) 自立していたい、自立していてほしい
(B) 自立していたい、依存されたい
(C) 依存していたい、自立していてほしい
(D) 依存していたい、依存されたい

現実はもっと複雑であることは承知の上で、この中で選ぶなら自分は (A) で、妻は (A) に近付いてきている (C) なんじゃないかと思っている。これは妻とも話していて「そうだね」となっている共通認識。(A)-(C) はけっこう相性がいいと思っていて、だんだんと (A)-(A) になっていくような関係性だろう。

(B)-(C) も需給が一致するので相性はいいと思うが、フラットよりは上下っぽい関係に収束すると思う。親子とかね。ぼくはフラットに近い関係性を好むから (B)-(C) 的な関係になっちゃうと居心地の悪さを感じる。

(D)-(D) も相性がよくて、いわゆる「共依存」になる。ぼくは共依存を見ると心配になってしまう。考えてみると、自分のまわりにはこのタイプのペアってあまりいなくて、近くにいると口出ししたくなっちゃうから、無意識に近づかないようにしているのかもしれない。

(A)-(A) を目指してやっていくと「お互い、うまいこと生きていきましょう」な距離感にはなるから、妻が言うように、必要とされているとは感じにくいだろうなあ。「配偶者に必要とされたい」という願いは、ぼくには叶えられるのだろうか。

思考実験としては、たとえばぼくが下半身不随になって自力では歩けないような状態、車椅子に乗るような事態になれば、妻の力を借りることは一気に増えるだろう。「そうなれば、気持ちは少しは満たされるのかな」と問いかけてみると「たぶん、そうだと思う」とのこと。だとしても自分たちで能動的にその状態に遷移することはないので、やはり思考実験でしかない。

自分が自分に対して自立を期待するのは、生い立ちに由来している気はする…。この話は、また別途で書いたり話したりしてみてもいいかも〜と思っている。

In 2025-03-04 Tue Read full day →

CursorのAgentでClaude 3.7 Sonnetを使っていて、ここ数日でまた作業のときの手触りが変わってきた。CursorはCursorで、Cline的な体験に寄ってきている印象だな〜〜。ほんの数ヶ月前まではここまでプログラミング体験が変わるとは思っていなかったので、スキーの直滑降で「おっ、これちょっとスピードが出過ぎているな」とヒリヒリするときの感覚を思い起こす感じ。たとえば1年後には自分のお仕事のありさまがどのようになっているのか、けっこうわからんな〜。

…とはいえ、実際のお仕事といえばプログラミングよりはもうちょっと幅広い活動を含むプロダクト開発をやっていて、そこでの人間同士の会話においては、自分が蓄積してきた知見や経験は変わらず活かせる気もする。でも、これもいつまで有効な感覚なのかあやしいね。

In 2024-03-29 Fri Read full day →

朝起きて、お布団の中でクレディセゾンでDXを進めてきた5年間を振り返る|小野 和俊 を読んだ。十数年前から一方的に存じ上げているlalhaさんの5年間の活動の軌跡に圧倒される。すばらしいなあ。現場の人たちは誇らしい気持ちで過ごしているのではないか、と想像した。もし自分が今後の人生で大なり小なりの組織でソフトウェア活用を推進することになったら、これを読み直すだろうと思った。

Ethereum Japan方面の作業を進めるために10:00からビデオチャット。あれこれ相談しながら進捗を出せて楽しかった。ありがたい1時間。

11:00には妻が山(2F)から降りてきて、テンション高めにStable DiffusionやSuno AIで生成したものの話をしてくる。家庭内にGenerative AIの類が浸透していておもしろい。

今日は自宅から見て北の方で済ませたい用事がいくつかあり、ランチもそのエリアで検討する。やきとり家すみれの安曇野店に行ってみた。何度か見かけてはいて、焼鳥屋さんってことで夜の営業はあるだろうとは思っていたもののランチの営業があるとは知らなかった。

妻が、食べ放題の明太子をすごい勢いで食べていておもしろかった。

ここの交差点に南からアプローチすると、東・西・北どの方向に進んでもみんなのテンホウに至るからすごい。包囲網。ちなみに、南に6kmくらい進むとみんなのテンホウがある。テンホウの十字架だな。

ランチ後のコーヒーをしばきたいしちょっと作業もしたいね、ってことで安曇野のStarbucks Coffeeへ。約90分間の滞在で、作業が捗ったのでよかった。ぼくが頼んだパウンドケーキに、妻が「ちょっとちょうだい」と手をつけて「えっ、これおいしいじゃん」と荒らしていった様子。

ぼくは「年度」より「年」の区切りで物事を考えるのが好み。年度の区切りって組織ごとに違ったりするので、それよりは「1月にはじまって12月におわる」という共通認識が通用する年の方が一般的な会話には向いていると考えている。

Starbucks Coffeeに着席していたら、常連っぽいお客さんがやってきて、店員さんに「来月から別のところに異動になっちゃいまして」と説明しながら手土産を渡していた。それに気付いた他の店員さんもわらわらと集まってきて「さみしくなりますね〜」「近くにくることがあったら寄ってくださいね」と言葉を重ねていく。いいシーン。

よくある年度の区切りは4月はじまりの3月おわり。そうか、今日は日本社会で暮らす多くの人にとっての、年度末の最後の平日なんだな。そう思いながら友人知人たちのウェブ上の発言を見てみると「最後の登園日!」なんて内容が多いことにも気がつく。ぼくが関わらせてもらっている小学校も、来週には新学期がはじまるのだ。そういう季節。ついつい、いろんなことを考えてしまうね。

続いてはUNIQLOへ。着ている服2023に載せてあるスウェットプルパーカ、手持ちのやつが傷んできたのですべて処分することにして、新たに購入した数着とまるっと入れ替える。

AIRism、まるで、はいていないような着心地。安心してください、はいていますよ。

帰り道でガソリンスタンドに寄って給油したので、給油した日のリンクをつくっておく。

出先のあちこちで春を感じるな〜。春の花たちが少しずつ花弁を見せてくれている。こちらの気分も変わるものだね。

ねぐせ。の『愛してみてよ減るもんじゃないし』は、ライブの映像もとってもよかった!

夜ごはんにピーマンと挽き肉のペペロンチーノを食べながら、Netflixでドラマ『三体』の第8話を観る。最終話。最初から最後までおもしろかったな〜。これ、続編はあるのかね?気になる〜。周辺情報をあさってみるか。

Omoinotakeの『幾億光年』は、Spotifyがよく流してくれていたので曲は知っていたが、ミュージックビデオは観たことがなかった。サムネイルからして髙石あかりさんじゃん!髙石あかりさんが家に帰ってくるシーンを見ると殺し屋に見えてしまう呪いにかかっている。

夜にTeacher Teacherのミーティングがあって、たっぷり90分間の頭脳フル稼働。しびれる〜。フリースクールの運営について大事なことを話していった。こりゃあプロダクト開発だな。おもしろいプロジェクトに関わらせてもらって感謝だわよ。

ドラマ『不適切にもほどがある!』の最終回の放送があったみたい。テレビドラマとしてリアルタイム視聴する楽しみ方をしていないので他人事みたいな書き方になっている。それに合わせてCreepy Nutsが手がける主題歌『二度寝』のミュージックビデオが公開されていた。かっこいい〜。今は『Bling-Bang-Bang-Born』がすごいことになっているから相対的に目立っていない気がするけれど、ぼくは『二度寝』がとても好き。同時期にすてきな楽曲を並行して発表していて本当にすごい。

寝る前に聴いていたTAKRAM RADIOの鈴木陽介さん出演の後編がとってもよかった。はー、すごい。特に、北野武さんと中島英樹さんのエピソードに迫力を感じて圧倒されてしまった。ちょっと泣いたもんな。この人たちの持つ「発」がすごいってのはその通りなんだろうけれど、ぼくには鈴木陽介さんの「受」にもすごさを感じたな。相手が発したものを、誰もが受け止められるわけじゃないと思う。鈴木陽介さんには、しっかりと影響を受ける力があるんじゃないかな。渡邉康太郎さんはいつもの何倍も笑っていたように思うし、ぼくも何度も声を出して笑ったし、非常によいゲストだった。大感謝。

https://open.spotify.com/episode/6vb7IY2k3ZS6BhnmJmiiyP
In 2019-09-04 Wed Read full day →

プロダクト開発について考えていた

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