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In 2025-12-17 Wed Read full day →

これまでに何度か、妻から「じゅんさんに必要とされている気がしなくて、かなしい」的なフィードバックをもらったことがあり、今週もそういう話になった。うちのチームにとってはけっこうな難題で、何度か対峙しているテーマである。

まずそもそも、ぼくが「必要」という言葉をどう捉えているかって話があり、その認識は、妻の認識や、日本語文化圏の平均的な認識からズレているんじゃないか、と思っている。ここに最初のむつかしさがある。ぼくは「必要」という概念を厳密寄りに捉えているから「あった方がいい」「あってほしい」「あると豊か」くらいのものは「必要ではない」という評価になる。ちなみにこの感覚はプロダクト開発にまつわる意思決定においては、とくに「やらないことを決める」シーンにおいて有用と思っているが、余談だね。

ほんで、そんな捉え方なもんだから、対人関係において「必要な人」とみなしている人がひとりもいない。特定個人に自分の命を依存させることを避けながら生きていると思う。

だからといって「大切な人」がいないわけではない。妻といっしょに暮らすようになって、ぼくの人生はまちがいなく豊かになっているし、妻がイヤじゃないのなら、このままいっしょに生きていってほしいと思っている。自分ひとりでは体験できないことを、たくさん経験させてもらっている。気のいい友人たちのこともすごく好きで、これからもグッドな関係を維持していきたいと思っている。ただ、そこに「必要」というラベルをつけられないというだけで。

対人関係の「必要」に関連して「自立」「依存」のスタンスを持ち出し、二者間の関係における「自分がどうありたいか」「相手にどうあってほしいか」の組み合わせを考えると、下記の4パターンを列挙できる。

(A) 自立していたい、自立していてほしい
(B) 自立していたい、依存されたい
(C) 依存していたい、自立していてほしい
(D) 依存していたい、依存されたい

現実はもっと複雑であることは承知の上で、この中で選ぶなら自分は (A) で、妻は (A) に近付いてきている (C) なんじゃないかと思っている。これは妻とも話していて「そうだね」となっている共通認識。(A)-(C) はけっこう相性がいいと思っていて、だんだんと (A)-(A) になっていくような関係性だろう。

(B)-(C) も需給が一致するので相性はいいと思うが、フラットよりは上下っぽい関係に収束すると思う。親子とかね。ぼくはフラットに近い関係性を好むから (B)-(C) 的な関係になっちゃうと居心地の悪さを感じる。

(D)-(D) も相性がよくて、いわゆる「共依存」になる。ぼくは共依存を見ると心配になってしまう。考えてみると、自分のまわりにはこのタイプのペアってあまりいなくて、近くにいると口出ししたくなっちゃうから、無意識に近づかないようにしているのかもしれない。

(A)-(A) を目指してやっていくと「お互い、うまいこと生きていきましょう」な距離感にはなるから、妻が言うように、必要とされているとは感じにくいだろうなあ。「配偶者に必要とされたい」という願いは、ぼくには叶えられるのだろうか。

思考実験としては、たとえばぼくが下半身不随になって自力では歩けないような状態、車椅子に乗るような事態になれば、妻の力を借りることは一気に増えるだろう。「そうなれば、気持ちは少しは満たされるのかな」と問いかけてみると「たぶん、そうだと思う」とのこと。だとしても自分たちで能動的にその状態に遷移することはないので、やはり思考実験でしかない。

自分が自分に対して自立を期待するのは、生い立ちに由来している気はする…。この話は、また別途で書いたり話したりしてみてもいいかも〜と思っている。

In 2025-08-13 Wed Read full day →

ランチ、妻とふたりでサイゼリアに突撃してみた。もしかしたら、サイゼリアを利用するのは初かもしれない。ウェブ上ではグッドな評判をたくさん見てきたので、グッドなイメージはあるね。スパゲッティをおいしくいただいた。

最近、妻が雑談を仕掛けてくるときのテーマがけっこうディープで、先日は「依存とはなにか?」だったし、今日のランチのときは「独占欲とはなにか?」で、話し甲斐がありまくる。家族連れがたくさんいるファミレスで話すようなトーンじゃない、真剣な深い会話になる。おもろ。

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