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2019-05-30に、前世のアカウントで下記のような投稿をしていた。当時はこれをツイートと呼んでいた。 @june29:「固定観念」と同じような意味で「固定概念」というの、定着しつつあるのか…? ほんで、このページを起こした2025-02-03には、ますます「固定概念」という言葉が市民権を得ているように感じている。そのうち「もともとは固定観念の言い間違えであったが、使われまくって定着した」という
ここ数年はポッドキャストを日常的に聴いている。聴いている番組の一部は聴いているポッドキャスト番組2021にて紹介した。 ポッドキャストでは、ふだん自分と接点のないような人々の雑談を聴ける。自分から見て年上の人たち、同年代の人たち、年下の人たちの会話を楽しく聴かせてもらっている。 そこで気付いたのは、実年齢とは別に会話の内容からぼくが感じ取る「若」や「老」の成分があるということだ。 年下の人が話して
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#43ワークショップじゃない場で、「対話」ってできるものなのか - パラレルワーカーの本音 - LISTEN
パラレルワーカーの本音の43を聴いた。テーマは対話で、ぼくの好みの領域。妻とぼくの間ではカジュアルに対話が成立しているよなあ、と感じていて、なぜ成立するのかを考えてみて、以下のふたつの要素があるからかな、と思った。
- 各位が、自分の現在地を知ることを受け入れている
- 各位が、よりよい自分に変わっていきたいと願っている
自分を理解すること・自分を変化させること、を望んでいなかったり抵抗があったりすると、そもそも対話のようなハイ・カロリーな行為をやりたくないだろうと思う。対話スキル云々の前に、やりたくないよね〜と思って。
瀬戸際夫婦のリコン前談義ってポッドキャスト番組があって楽しく聴いていて、こちらのご夫婦は「現状って、こうじゃん」「目指すのは、こうじゃん」をしっかり話せていて好感を持っている。誰しもがこういう態度を取れるわけではないと思っていて、こういう認知を阻むものとして「世間体」や「固定観念」などがあると思う。
今日の暮らし
パスタ専門店クーシでランチ。ぼくはツナとトマトの冷製パスタをいただいた。おいしい〜。
パスタ専門店クーシの近くにあった無添加 那須ジェラートというお店にふらっと入ってみた。塩味のジェラートがとてもおいしかった。
いったん自宅に戻ってあれこれを済ませたあと、あらためてくるみを走らせて今度は那須高原展望台へ。誕生日の夜にもきたんだけど、そのときは暗くてなにも見えなかった。夜は暗いという知見。ここは恋人の聖地だったのか〜。景色がきれい。
那須高原展望台に向かう途中にチラッと見えていた景色が気になっていて、展望台の帰りに寄ってみた。ここは史跡である「殺生石」のある地だった。犬夜叉的な世界観。「那須 観光」とかで調べていると出てくるからいちおう名前だけは知っていたんだけど、展望台よりも手前にあるとはね〜。気軽に行ける場所。
殺生石もそうだけど、盲蛇石ってやつのエピソードもまあまあ意味不明でおもしろかった。伝承ってのはだいたいこんなもんか。
殺生石のもとを去って那須街道を走っていると、ノンアルコールのカクテルを出しているお店があったので適当に入ってみた。moon breezeというお店。
お子様も★お酒が飲めない方も☆楽しめる!『栃木フルーツ★ノンアルコールカクテル』
ノンアルコールなのは車を運転する人に向けてのビジネスなのかな、と思っていたら、それもあるけどそれだけではなさそうで、子ども向けのカクテルづくりワークショップ等も実施されているお店だった。ぼくらが訪れたときにもお子さん連れの家族がバーカウンターにいて、子どもたちがとても楽しそうにカクテルを飲んでいた。子どもたちがチャイナタウンがどうのこうのという会話が聞こえてきて愉快だった。
固定観念として「子ども」と「カクテル」は自分の中で遠い位置関係にある概念だったけれど、ノンアルコールにしてしまえば組み合わせることができて、たしかに言われてみれば、複数のシロップを混ぜて飲み物をつくるのは、大人と同様に子どもも楽しめる体験かもしれないねぇ。子どもがカクテルをつくるワークショップなんて考えたことがなかった。
下の写真は思い切りモヒートに見えるけれど、ノンアルコールなのでご心配なく。飲酒運転、ダメぜったい。
夜、くるみで行ってみたお店は緊急事態宣言期間中はおやすみしているみたいで、わりと近くになったフライングガーデンでフォールバック。ぼくらがお店についたのは19:14で、ラストオーダーが19:15だった。店員さんが少し慌てながら席に案内してくれた。もう数分遅く到着していたら、たぶんお店に入れてもらえなかっただろうな〜。
地球温暖化問題を環境・経済・社会の視点からふんわり概説します|五味馨|note
- 2019-09-27の日記にメモした地球温暖化問題のお話がnoteにまとめられていたので「よかった〜」と思った
- 元がツイート 50連投だったので、ひとつの記事にまとまって「よかった〜」と思ったのであった
- でも落ち着いて考えてみると、本当にツイートより記事の方がいいのか?という点に確信が持てないと気付いた
- ひとつのスレッドになっているのだから、パーマリンクという意味では最初のツイートのURLがあれば十分
- 50個のツイートに分かれているとこで「特にこの文章が好き」を示すのもやりやすいのでは?
- 「ある程度の長さの文章は、記事としてまとまっているとよい」というのは固定観念かも?
- Twitterがスレッドをうまく表示できなかった時代の感覚の名残か…?

