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マダナイの2本目の動画「ポッドキャストって、結局なんなんだ」がおもしろかった。樋口聖典さんとけんすうさんによるポッドキャスト談義。タイトルだけ読むと定義の話な印象を受けるけれど、中身は「われわれは、どういったものをポッドキャスト的と感じるのか?」ってな会話だった。定義よりは成分っぽい話。
ぼくは「インディーウェブ的・音声配信」という言い方をしたりしているけれど、これで表現し切れていない成分がありそうだなあ、と思うに至った。
インサイドビジョンの安斎勇樹さんゲスト回、めちゃおもしろかった。高木新平さんの鋭い問いによって場に緊張が生じる瞬間がすごい。けんすうさん回でも同種のおもしろさを感じた。台本のない対話の記録。スポーツの試合を観ているような感覚になる。コミュニケーションとは対話が終わったときに自分が変わる覚悟を持っている、そういう覚悟のもとで行われるもののことであるを思い起こす。
安斎勇樹さんには「これ、うちのメンバーも見るんだよなあ」という経営者視点がずっとあったと思うので、まっすぐに「これはほんとうのことだ!」と思えるほど自分は無邪気ではないが、少なくとも、ほんとうのことに迫ろうとする両者の態度があったと感じる。そこが刺激的だった。
寝る前に、寝床でスマートフォンの画面でこの動画を観て。ビデオ・ポッドキャストってこういうことか、という気分になった。応酬する言葉が鋭くなっていったときの人々の表情は、見たくなるし、目が離せなくなるなあ。逆に、表情が気になるくらいの会話をしていないのであれば、映像なんてなくていいということでもあるのかも。そんな発見もあった。
インサイドビジョンのけんすうさん回、だいぶおもしろかった。けんすうさんが今のウェブに対してどんなことを思っているのか、じっくり話されている。サムネイルには「インターネット」とあるけれど、だいたいがウェブの話だったと捉えている。
けんすうさんのお話は、ぼくは深井・けんすうのまぼろし会議でちょこちょこ聴いている立場。いつも、考えが整理されていてロジックが通っているものを話されている印象を受けるが、こうして高木新平さんが「◯◯がわからない」と批判的に切り込んでいくと、揺さぶられるものがあるんだな〜と思って刺激的だった。知のスポーツっぽい。
終盤のお話を聴きながら電車男やOSSのことを想起していた。なんとなくやっていたことが、大きなものに育っていくってのはたしかにおもしろいよな。
何者でもない人が「サードドア」を探す方法を考えてみた|けんすう
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- けんすうさんの記事、最後まで読んだ
- サードドアは「A or B」という思考に陥っているときの「Plan C」みたいなイメージで捉えた