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働き者ラジオの「ライブ感」の回を聴いた。タイトルに「第n回」が入っていなくて、100をこえてナンバリングをやめたっぽい。
これまでのエピソード命名規則からすれば下記のようになっていたはずなので、じぶんとスリム化され、貫禄を感じる雰囲気になった。
工藤郁子×山本ぽてと「働き者ラジオ」 第101回 「ライブ感」
ライブとライブ感の話。「ライブ感」と表現されるものには、下記のような成分があるのではないかと考えた。
- 身体性
- 音楽ライブには、音を肌で感じる楽しみ方がある
- 格闘技の試合は、近くで見ると迫力を感じられる
- 情報新規性
- 勝敗という結果を伴うスポーツの試合は、リアタイすると鮮度の高い情報を得られる
- 双方向性
- 観客との掛け合いの類は「相互に影響し合っている」と感じられる
- 同期性
- 他の人々といっしょに同じ行動をすると一体感が生じる
たとえば、早起きしてFIFAワールドカップの試合を見たいってのは「情報新規性」「同期性」を求めた行動と論ずることができそう。『HUNTER×HUNTER』の無料公開によって多くの人たちが語っているってのは「同期性」の話だ。
ニコニコ動画が広まっていったときは「疑似同期性」が指摘されていた覚えがある。軽く調べてみたら、そういった論文もあったわ。
なにかしらのミーティングに向けて「情報をまとめた資料を用意しておくか」ってなるシーンがある。そういうとき、自分であればMarkdownくらいの表現力を持ったドキュメンテーション・ツールを選んで、見出しと箇条書きあたりをうまく活用して情報をまとめることが多い。
社会を見ていると、こういうときのファースト・チョイスがスライドウェアになる文化圏ってのもあるよな〜と思う。ラフに作図したいときにスライドウェアを使うのはわかるが、テキストのみの情報でもスライドウェアにまとめる流派の人を見かけると、もっとシンプルなドキュメントとしてまとめる方が低コストでは?と思ったりする。
さらにはExcel文化圏ってのもあるか。なんでもExcelでやろうとする行動体系ってあるよね。
自分はどういう使い分けをしてるだろうか、と考えてみる。自分がスライドウェアを持ち出すのは、いわゆるプレゼンテーションとかスピーチとか講演の類のときだね。チーム内のミーティングなんかだとNotionなりGoogle Docsなりの、共同編集にも対応しているドキュメンテーション・ツールを積極的に採用する。
こうして考えてみると、スライドウェアは「単方向性」のコミュニケーションに向いていそう。ほんでぼくは、チーム内で行われるようなカジュアルなミーティングにおいては「双方向性」をかなり重要視していて、自分の主張を一方的に押し付けるとか、決定事項を一方的に伝達するとか、そういうことはなるべくやりたくないから、ツールを選ぶにしても「参加者の誰もが書き込むことを前提とする」ってのがありそう。ミーティング中に思い付いて一行追記する、なんてことを歓迎している。
ツールの選定がコミュニケーションの中身を規定する面もありそうだな〜と感じるので、みなさんも考えてみるとおもしろいんじゃないかと思いました。Jeff Bezosの「パワポ禁止」な話のことも想起するので、いちおうリンクも置いておこ。