カマキリが住んでいる説
さーて、そろそろランチにするか。きのう買っておいたお弁当を食べよう〜と思ったら、妻がぼくのお弁当を食べようとしていて「え?」となった。自分のものだと思ったらしい。我が家ではたびたびこういった窃取(と未遂)が発生するのでおもしろい。
焼き魚のお弁当。鮭とホッケ、2種類あって楽しい。そういうランチ。妻はおそばを食べていました。
このサイズのカマキリを玄関先でよく見かける。もしかしてこいつが住んでいて、同じ個体を繰り返し見かけているのか?
この週末はFUJI ROCK FESTIVALもあったし、音楽好きの人たちが楽しそうにしている熱気が伝わってきた。
昨晩から今朝にかけては、Aile The Shotaさん、MAZZELのRANさん、HANAのJISOOさんMOMOKAさんの活躍を拝見してほくほくだった。BMSG方面のアーティストのこうした活躍を見ていると「働き方」のことを想う。彼女ら彼らが、やりたいことをひとつでも多く叶えられたらいいな〜と思うし、それはぼくたちひとりひとりにも言えることだ。
FUJI ROCK FESTIVALでのXGのパフォーマンスが注目を集めているのを感じる。彼女らのパフォーマンスを見て「初めて見た、すごい」「こんなにすごかったんだ」「好きになった」と好意的な反応をしている人々をSNSでたくさん見かけた。
ただ、すなおに褒めるばかりではなくて「フジロックにこういう女の子たちは要らないと思っていたんだけど、考えをあらためた」とか「正直なめていました、すごかった」とか、もともとあった偏見もセットで表明するケースも見かけることも少なくなくて、そういうもんか、と思った。
なんというか、アーティストの属性とか見た目とかに基づいて「どうせたいしたことないだろう」と決めつけてかかるのはロックな態度なのか?と思う。権威によってアーティストを評価しているのだとしたら、それはロックの精神が忌避するような言動なのではないか。「ロック好き」を自称するような人たちが偏見を垂れ流していることと、認識が好転した場合であれば「なめていた」ことも許されるとしているような態度は、ダサいと思った。
話は変わって。マンガのラジオ、林士平さんゲスト回の最終4話目を聴いた。とてもおもしろかった。林士平さんは、わからないことは「わからない」と言うスタンスが一貫していて、考え方が科学的で好感を持った。
わからないことは「わからない」と言えるのがいいと思う。自分のわからないもの・知らないものを「どうせ、質が低いはずだ」と値踏みするのは、ぼくはダサいと思う。あなたが知らないだけですばらしいものはたくさんある。
ClaudeのプランをMaxの$200から$100のやつに下げた。
Claude Fable 5をリーズナブルに使える数日間のうちにアクセルを踏もうと思ってプランを上げたが、Claude Opus 5も出てきて、自分の使い方だと$100の枠で十分だな〜となったので。
いっぱい使いたくなったらまた上げりゃあいいし。
Project N26で開発しているこの日記アプリにSpeaker Deckのドキュメントを埋め込めるようにした。t-wadaさんの資料を貼りたかったので。
「認知負債」と「理解が鍵になる」って視点、なるほどなあ。これまでは「理解」は先立つものだったけれど、今では後追いするものになっている、と。たしかに。
shin1x1さんのブログ記事、これもあわせて読んでおくといいやつだった。理解の話。
これよさそうだ。覚えておこう。
瀬戸際夫婦のリコン前談義の4-10を聴いた。
この番組のエピソードには迫力を感じることが多い。おふたりの自己開示の開きっぷりがすごいからかな、そこにあるリアルな生活を想像させる質量があると思う。表層をなぞるそれっぽい会話じゃなくて「ほんもの」の生活の話という印象を受ける。
話されているテーマについてぼくが直接的に興味を持っているわけでは、必ずしもないのだけれど。それでも質量を感じる音声だから、なんだか聴いてしまうのだ。
