全角パーセントの悪夢
DeepLのアプリをMacBookにインストールしてあったけれど、このごろはまったく使っていないよな〜と気付いてアンインストールした。今ではGeminiかClaudeに頼むもんな。翻訳はLLMの仕事の一部ってことになった。
約1年前からM4 MacBook Air 2025を使っていて、この1年間は本当にいろんなことが起きていて、いろんなアプリをインストールしては試しインストールしては試し… 定着するのは5個に1個くらいかな。そんな日々なので、インストールしたものの使っていないアプリってのが山積しつつある。
年1くらいでOSのクリーン・セットアップをやれるといいんだよな。今だと、まっさらなMacBookから「使える」状態に持っていくまで、どんな作業が必要になるかな。とくにClaude Codeのデータ移行のやりかたが確立していないから、ちょっと手こずりそうな気もする。でもまあ、それをClaude Codeに相談したら解決しそうだな。
2024年の秋くらいの時点では、自分が活用しているソフトウェアについて「これとこれとこれをクラウド上に保存しておけば、新しいマシンをすぐに使い始められる」と環境が整っていたのだけれど。そのあとはいろいろが変わってしまって、おおいに模索中なので、整備が追いついていない。いまM4 MacBook Air 2025が急に起動しなくなったらちょっと困るかも。
なんかの工場があって、成果物をつくる工程が A →Bとあるとして、なにかの工夫によって工程 A にかかる時間が半分になって、そこのスタッフたちが「いやー、楽になったわ」「今までできなかった清掃ができるようになった〜」とよろこんでいて、でもBの工程は変わっていなくて、工場としての単位時間当たりの生産量は変わっていない、そういうケース。ぼくが観測しているソフトウェア界隈(狭)では、こういうときに A に関わる人たちが「生産性アップ!!」と言いたがる傾向があるように見える。生産性について話すときは、誰がなにをどんなふうに生産しているのか、ってのを認識しておかないと話が妙なことになる。
工程 A にかかる時間が半分になること自体はグッドなことだと思うので、それは「時間が半分になった!」とよろこんだらいいと思う。事象をそのまま記述すればよくて、流行り言葉に引っ張られた表現に付き合ってあげなくてよいはず。
『ストレンジャー・シングス 未知の世界』を観ている影響なのか、アメリカン・ジョークっぽい軽口が出るときがあって、そういうときも関西弁のClaude Codeが付き合ってくれて妙なノリになっている。



