体と情報、人生と音
Pixel 10やPixel Watch 4など、Googleの秋の新製品が発表されていた。「Pixel 2025シリーズ」って感じだね。AppleやGoogleともう少し距離を置きたいな〜と思っているところがあって、今年の秋のデバイス買い替えはどうしようかなあ。今年は買い替えない、って選択肢も含めて検討。
けんごhmskがサブスクライバで「脱Fitbitしたぞ」と言っていて、ぼくは、けんごがアメリカ土産として持ってきてくれたFitbit OneでFitbitに入門した存在、いわば子孫にあたるので、ちょっとした感慨を得るところがあった。あれから12年間ほど、自分の身体データをFitbitに送り続けている。
Fitbit Oneを衣服といっしょに洗濯機に入れてしまって「歩数が増えた」と言っていたのはhosokoだったっけか。洗濯機の中でぶんまわされて歩数をカウントしてしまうのおもしろい。
自分も去年くらいから「スマートウォッチの類、どうすっかねえ」と考えていて、今年の秋にはFitbitつまりGoogleの傘の下から飛び出すかもな、と思う。とはいえ現時点で決まっていることはひとつもなくて、さてさてどうなることやら。
自分のウェブ上の発信について、2006年からテキストを書き始めて、iPhoneを使うようになってから画像もカジュアルに投稿するようになり、そのあとしばらくはブログやSNSの類をあれこれ試しながら漂流する期間で。2020年にはキマグレエフエムやおつかれシャワーを始めて音声・動画コンテンツの扱いについても多少の経験を得た。
ほいじゃあ、次の発信の形はなんだろうな〜と試しに考えてみると。ぼくはビデオ・ポッドキャストはピンときていないので消極的だよな。ショート動画は楽しそう、今は見つかっていないけれど「こういう内容を」「こういう形式で」が見つかったら楽しく続けていける見込みはあると思う。
今日になって「歌」はありかもな〜〜という閃きがあった。「言葉 + 音」ですな。週次なのか月次なのか、近況を作品としてパッケージングして発信していく。日記に書く1行より、音に乗せた1行の歌詞の方がパンチラインとしての強度が高くなる可能性が大いにあると思っている。メロディでもいいし、ポエトリー・リーディングのような形でもいいと思う。とにかく、言葉を音に乗せることでエネルギーが増えるんじゃないかと期待しているってこと。ショート動画も「言葉 + 勢い」的な意味で同種の可能性を感じているのかもしれない。
たぶんここで大事なのは歌唱力ではなくて、ぼくの人生から偶然に生じたAuthenticityのあるパンチラインなのだろうと思う。逆から言えば、パンチラインのある日々を生きていたいということ。
着席してLISTENのウェブアプリケーションの開発作業を進める。今までやったことがないタイプの内容で「なるほど、なにもわからん」からスタートする。でもDiaやClaude Codeに助けを求めまくっているうちにだんだんとわかってきて、それなりに動くものができあがってくる。わからないことは、楽しいことでもあるよね。夢中で2時間くらい作業して、そのあと少しリラックスして過ごしてクールダウンしてから就寝。