それでもうまい米を食べに行く
今日の暮らし
6:29のアラームでいったん起きてトイレに行ったあと、お布団に戻って二度寝して9:00過ぎまで寝ていた。寒くなってきたからかな、朝にピッと起きられないことが増えつつある気がする。どうかね。
オフィスチェアとしてAmazonBasicsの安価なやつを使っているのだけれど、これで困ったことがない。人々の話を聞いていると、オフィスチェアというかワーキングチェアというか、この類にはお金をかけないと身体に悪影響が出るっぽい気配は感じるのだけれど、自分は今のところ大丈夫そうな…? お金のかからない身体でラッキー、と思っておこう。
2022-09-11、2022-09-13の続報。飲食店から郵便物が届いてお金も戻ってきた。おもしろいのは文面で、大和田家としては「不愉快な思い」はしていないし「従業員の教育を徹底し」てほしいとも思っていないのだけれど、そういうものとして話が進んでしまう。文面はとても丁寧だけれど対話はあまり成立していなくて、ちょっぴり悲しい気分。対応に不満はなくて、なんだったらこんな書面もなくていいと思っているものの、先方の「丁寧な書面があった方がいい」という考えと対話の成立具合にギャップを感じてもどかしい気分。
従業員の教育の徹底、怒鳴りつけるとか小言を突きつけるとかだったらイヤだなあ。仕組みの整備を望んでいる。
昨日か一昨日に「それでもステーキの白米がうまい」という話を妻としていた。ぼくは味のわからない人間なのでどこでなにを食べてもだいたい「おいしい」という感想に着地するのだけれど、妻いわく、那須塩原の暮らしの中で食べる白米の中でもそれでもステーキの白米はトップクラスにおいしいらしい。
そんな会話の影響か、行きたくなったのでひさしぶりに行ってきた。肉も米もおいしかったよ。大満足。「ここの白米がおいしくて」と告げたらマスターがうれしそうにトークを始めて、いっぱい笑っちゃったな。おもしろ空間。
公衆電話には独特の趣がある。
今日のウェブログ
The Beyond Budgeting principlesのページをつくった。
アジャイルソフトウェア開発宣言のページをつくった。
オープンネスのレベルのページをつくった。
人口密度が悪さをするのページをつくった。
記事では「いつも誰かに「支えられている」彼女たちが、“自分”のためではなく、“誰か”のために「支える」ことこそが、生きる力に繋がるのかもしれない」と結んでますけど、これは本当に考えさせられますよね。
人間は「推し活」をすると「幸福寿命」が延びる可能性が高いらしい|徳力基彦(tokuriki)|note
寿命の中でも幸福寿命や健康寿命に興味があって、毎日を楽しく生きるヒントを見つけたいと思っている。「推し活」っておもしろいなあ。どうも自分は「推す」「推し」についてピンときていないような感触で、人生のどこかのタイミングで推しが見つかったりするのだろうか、とぼんやり考えながら過ごしている。特定の対象としての「人間」に傾倒しないタイプなのかなあ。
イーサリアムの開発エネルギーの凄さと他分野での再現性|中村 龍矢 | LayerX執行役員 兼PrivacyTech事業部長|note
おもしろい文章だった。Ethereumは周辺のあれこれを含めてやっぱりおもしろいな、と思う。
ミュージシャンは活動継続のためコスト回収率の高いCDを買ってもらいたいが、再生機を持っていない人も増えているという話 - Togetter
「サブスクが憎い!」は心情としてはわからなくはないが、ぼくの中では「ハンコがなくなったらハンコ職人は困る」「等倍速で再生してもらわないとクリエイタは困る」あたりと同じカテゴリの話に分類されていそう。
「生演奏」を生業にしていた人からしたら「音楽を記録したものを売るなんてとんでもない!」となっていたかもしれなくて、音楽文化にとってCDが特別によいものってわけでもないだろうしなあ。文化の話として読むときと、音楽活動家の生計の話として読むときで、それぞれ思うことはある。
今日の漫画
今日のエンタメ
『チェンソーマン』のアニメの情報を見ていて、妻が「おもしろそ〜」と興味を示していた。アニメの配信が始まったら観ていくことになりそう。楽しみだね。