メタ認知

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created: 2024-01-05 / updated: 2024-01-05

メタ認知は1970年代に広まった概念で、メタ認知という用語はFlavell (1976) において初めて用いられた。
「メタ認知とは認知過程及びその関連事物(情報やデータなど)に関する自分自身の知識をさす。例えば、私がAよりもBの方が学習が困難であると気づいたとしたり、あるいはCが事実であると認める前にそれについて再確認しようと思いついたとしたら、それはメタ認知を行っているということだ。」—J. H. Flavell (1976, p. 232)
メタ認知 - 脳科学辞典

John Hurley Flavell (born August 9, 1928, in Rockland, Massachusetts) is an American developmental psychologist specializing in children's cognitive development who serves as Anne T. and Robert M. Bass Professor, Emeritus at Stanford University. A foundational researcher of metacognition and metamemory, he is a member of both the National Academy of Sciences and the American Academy of Arts and Sciences.
John H. Flavell - Wikipedia

John Hurley Flavellさんが1976年に名前をつけた概念、って理解であっているだろうか。

Metacognition is an awareness of one's thought processes and an understanding of the patterns behind them. The term comes from the root word meta, meaning "beyond", or "on top of". Metacognition can take many forms, such as reflecting on one's ways of thinking and knowing when and how to use particular strategies for problem-solving. There are generally two components of metacognition: (1) knowledge about cognition and (2) regulation of cognition. A metacognitive model differs from other scientific models in that the creator of the model is per definition also enclosed within it. Scientific models are often prone to distancing the observer from the object or field of study whereas a metacognitive model in general tries to include the observer in the model.
Metacognition - Wikipedia

John Hurley Flavellさんの原典に当たれていないので答え合わせできていないものの、メタ認知とは言葉の通り「自分の認知を認知すること」と今のところ理解している。

日本語圏では、COTEN RADIOの深井龍之介さんがよく使う言葉として広まっていった印象がある。

COTENでは、メタ認知を「他の世界に出会うことで、自分や自分の存在している世界を相対化して捉えること」と定義しています。全てのことに「正解」はないという前提で、誰しもが自分の視点に囚われていることを自覚し、まずは自分達が、メタ認知をし続けることを目指しています。
COTENの想い | 株式会社COTEN

「メタ」=「超える」「超越した」といった意味ですから、今の視点をもう一歩高いレベルに引き上げて、自分と周囲をより客観的に見る……くらいの意味で使っています。認知科学での「メタ認知」の定義とは少し違うと思いますけど。
今は政治や社会問題に限らず、多様な価値観が飛び交う時代です。Aがいいという人もいれば、いや、Bであるべきだという人もいる。でもメタ認知ができれば、自分の信条に反する価値観の持ち主に対しても、同意はしないにしても理解はできるはず。すると、価値観が異なる人とでも共生しやすくなります。異なる価値観と共存するために必要なのはメタ認知力です。
CEOインタビュー | 株式会社COTEN

ははーん、なるほど。深井龍之介さんが「物事を俯瞰的に見る」くらいのニュアンスでメタ認知という言葉を使っていて、COTEN RADIOリスナーを中心にこのニュアンスでの用法が広まっているっぽい。

これはなかなか悩ましいやつ。もともとの認知科学的な意味合いでメタ認知という言葉を使ってきた人たちからすると、それよりもふわっとした意味で使う人が増えているわけだから、だんだんと意思疎通には使いにくくなってくるよね。ぼくもそろそろ別の言葉で迂回した方がいいな、と思ってきた。

多くの人が使うようになった結果、扱いがむつかしくなった言葉たちのひとつかもしれない。

Mentioned in topics

自分は「メタ認知」をどのようなものだと捉えているか
2024-06-06

Teacher Teacherのポッドキャストのエピソード53を聴いていて「自分はメタ認知がなんなのか、やっぱりよくわかっていない気がする」と感じたので、あらためて整理してみることにした。 まずは、エピソード中で参考文献として紹介されていた『最新の脳研究でわかった! 自律する子の育て方』をめくってみる。著者は工藤勇一さんと青砥瑞人さん。 メタ認知とは何か 教育の本質的な目標は自らの力で自分を成長さ

かっこいい言葉を使うとかっこいい感じがしちゃう
2024-06-04

そういう作用があるんじゃないかと思った。 安心の話で済みそうなところで「心理的安全性」と言いたくなっちゃう 認知の話で済みそうなところで「メタ認知」と言いたくなっちゃう メンテナンス・コストの話で済みそうなところで「技術的負債」と言いたくなっちゃう 学びやスキル獲得の話で済みそうなところで「アンラーニング」「リスキリング」と言いたくなっちゃう 響きがかっこいい言葉には引力があるから、使いたくなっち

多くの人が使うようになった結果、扱いがむつかしくなった言葉たち
2024-02-09

メタ認知 心理的安全性 技術的負債 老害 リスキリング 「個人が自分の意思で学ぶ」と「組織が業務として進める」のどっちの話もあって混乱する 1on1 「ふたりでしゃべるアクティビティ」くらいに意味が希薄化しているように思う あくまで主観で「むつかしくなったと感じている」ということ。ぼくが誰かと大事な会話をするときには、これらの言葉を使わずに、そのときの状況によりマッチする、誤解の余地の小さい言葉を

Mentioned in days

In 2026-07-15 Wed Read full day →

Beyond WOMANSHIPの173を聴いた。小林さやかさんがゲスト。ビリギャルとして知られる人だ。

「メタ認知」の捉え方が自分と近いな〜と感じた。世界認識の補助線にしているベースの知識や考え方が近いのかもしれない。聴いていて親近感を覚えた。「自己効力感から組織効力感へ」って話の流れには勇気をもらった。

Wikipediaで「政治家 or ビリギャル」で区別されているのおもしろい。

In 2026-01-14 Wed Read full day →

のらじおの「言葉の厳密性」という回を聴いた。室越龍之介さんが「メタ認知って言葉は、もともとの意味とは別の意味で広まっちゃった」的なことを言っていて、そうなんだよねえ、と思う。自分は使用を避ける感じになってきちゃった。

言葉の厳密性 by のらじお

全体としては「意味の希薄化」の話だったと言えるだろうか。思うに、それなりの年月をかけて意味をじっくりと定着させていきたいと願っても、広まって希薄していくスピードの方が早くなっちゃっているのがTwitter登場以降の現代社会なんじゃないか。新しい概念や言葉を生み出したとして、固まる前に多くの人の手に渡ってしまって崩れてしまう。そんな印象。

プロダクト開発に携わる者として「開発者の言葉」と「利用者の言葉」を区別したいと思っているんだけど、のらじおを聴いていてそのことも思い出したりして、でも長くなるから今回は詳細は書かないでおく。また別の機会に。

In 2025-10-16 Thu Read full day →

メタ認知について、メタデータになじみのある人だと理解しやすいんじゃないかと思った。メタデータは「データについてのデータ」で、その構造でいうとメタ認知は「認知についての認知」になるから。

「より網羅的なデータ」とか「より俯瞰的なデータ」だと、データが横方向に広がるイメージがあると思うんだけど、メタデータは別にそういうことじゃなくて、別レイヤーのデータなんだよな。

たとえば「◯◯さんの姿を撮影した写真のデータ」があったときに、メタデータは「もっといろんな角度から撮影した写真データたち」よりは、写真のExifなんかのことをそう呼ぶことが多いだろう。いつ、どこで、どんな設定で撮影したか、みたいなデータ。

In 2024-04-01 Mon Read full day →

朝起きて、なんとなくマクドナルドに行ってみた。カフェラテとWi-Fiとテーブル席があれば作業が捗る。店内放送ではimaseさんやYOASOBIさんの曲が流れたり彼らのちょっとしたトークが聴けたりしておもしろかった。

スーパーのお惣菜コーナーを歩いているときにからし稲荷という概念に出会った。買ってみたらよかったな〜。次に見かけたら買って食べてみよう。どんな味なんだろうな。

松本伝統の味「からしいなり」に迫る 油揚げが「裏返し」内側に「からし」 ルーツは神事の味? | 長野県内のニュース | NBS長野放送

お散歩のときに黒猫と目が合って、かわいかったから写真を撮った。

「友人の◯◯をエゴサーチして〜」的な用例を見かけて、エゴじゃないサーチにもエゴサーチって言葉が使われつつあるなあ、と感じる。メタじゃない認知の話にもメタ認知って言葉が使われる現象と似ているかも。

住んでいる地域の回覧板がまわってきたので、紙をいちまいずつスキャンしてデジタル化する。回覧板はデジタル版があるとうれしいを書いた頃は「もとのデジタルデータを渡してもらえたら、プリントされたものをスキャンするという虚無の手間がなくなるのに…」といちいち不満に感じていたが、最近は思考を停止させて「はいはい、スキャンしますね〜」くらいのノリで取り組めるようになってきていた。こうしてわしも環境に取り込まれていくのじゃ。

今日は、紙のうちの何枚かがホチキスで束ねられていたらしく、そうと気付かずにまとめてトレイにのせてスキャンにかけたもんだから途中でグシュアッっとなってしまってメロスは激怒した。だから、最初からデジタルデータで渡してくれたらいいじゃんって言ったよねェ!!!……はっ、取り乱しました、すみませんすみません。

まいったまいった、と思いながら文房具の巣をごそごそしてみたら、なんと我が家にもホチキスは存在した。ん、これがホチキスってことは、紙を束ねてあったあれはホチキスじゃなくてホチキスの針ってことか。小学生のころはホッチキスと呼んでいた気もするな。なんの話だっけ。まあいいや、いろいろあったけれど一通りのスキャンは済ませたです。

Levoit Core Miniのフィルタを交換した。2023-04-09から使い始めてフィルタ交換が2023-10-01くらいだったから、だいたい半年でフィルタがダメになるってことだな。わかりやすくていい。

気付けば妻もぼくも「物理的に会ったことはない人々と、いっしょにプロジェクトをやっている」ってことに気付き、当たり前のようにそんな日々を過ごしてきたってことも自覚し、人生がいい感じにおもしろくなっていてうれしい。やっぱり自分のテクノロジに対するスタンスは楽観的で肯定的なんだろうな。テクノロジのおかげで自分に合った生き方をできているからね。

夕方に「ファクトチェックってそんなに大げさなものではない」立岩陽一郎さん を読んで、応援したいプロジェクトだと思ったのでInFact https://infact.press/ に対して寄付をやっておいた。なにかの役に立ててもらえたらうれしいでっす。

Ethereum Japanのタスクをひとつ進めるために軽くビデオチャット。楽しく過ごした。

今日はエイプリル・フールだったか〜。わしにとって、種々のエイプリル・フールネタを楽しめていた時期ってのは𝕏 (当時はTwitterでした) を楽しめていた時期と重なっていて、どちらもおおいに楽しませてもらったな〜と、おだやかな思い出として刻まれている。自分は距離を置くようになってひさしいけれど、今年は今年で、誰かの楽しい思い出になっていたらいいな。

In 2024-01-05 Fri Read full day →

ページ

メタ認知のページをつくった。
多くの人が使うようになった結果、扱いがむつかしくなった言葉たちのページをつくった。

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