Mentioned in topics
であることが多い。たとえばぼくがPayPayを使うのは、まさに時間や手間を減らすことが目的。お会計のときにお財布から現金を取り出して〜ってのをやりたくないからね。 そういうテンションで導入したサービスが「お金が!お得に!!」としつこく言ってくるとnot for meなので放っておいてくれ…という気持ちになる。時間や手間をかけてクーポンを管理したり使ったりするモチベーションがない。 ほんで、実際のと
2022年3月現在の自分のライフスタイルは、消費においてあまり色気がないとでも言ったらいいのか、購買行動は「機能」を求めるものがほとんどになっている。いちばんわかりやすいのはお洋服で、無地の黒いパーカー4着をひたすら着回していて、靴下も無地の黒いやつ5足をひたすらローテーションするのみ。必要最小限のものを「買うぞ」と思い立ったタイミングで買うだけなので、セールとかバーゲンとかキャンペーンとかそうい
【そさたわ43】セルフ・クィア・アイ – ゆとりっ娘たちのたわごと の中で「恋人はできた?」と聞かれたくない、という話があった。親しくもない人に聞かれたくない、ということではなく、親しい友人が相手だとしてもその話題自体が苦手である、という主張だったと理解している。 これを受けて自分は、友人や知人、あるいはなんかのイベントの懇親会でたまたま近くにいた人とフリートークする場があったとして、どんなふうに
自分の人生には、なるべくブラックリストを持ちたくないと考えている。人生観として、 好きなものは多ければ多いほどよい 嫌いなものは少なければ少ないほどよい という考えがあり、好きなものを積極的に増やしていく姿勢があるとともに、可能な限り「嫌いなもの」「タブー」「NG」の類をリスト化したくない。なにかしらの対象について自分の中で「◯◯は嫌い」と明確に言葉にするのを避けがち。それが言霊になって、◯◯とい
Mentioned in days
お金の話で思い出したけれど、数ヶ月前にあるものを予約注文してあって、モノが送られてくるのを待っているところ。その販売元が最近はイケイケなのか「売上◯◯億円突破!」みたいなお知らせを送ってきていて、なんかちょっとテンションが下がる自分を検知しておもしろかった。ノリがnot for meなんだろうなあ。いいモノをつくっていると思うので、そのモノのよさを語っていてもらえるとぼくはうれしいんだと思う。
俵万智さん
俵万智さんの2023-07-24のツイートを2023-07-25にお見かけしていて、おしゃれだなあ、と感じていた。これは10年後20年後に見返して「ああ、なつかしい!」となりたいやつ。
@tawara_machi:
言の葉を ついと咥(くわ)えて 飛んでゆく
小さき青き鳥を忘れず
このままで いいのに異論は 届かない
マスクの下に唇をかむ
寂しいね…
今日、それを取り上げているニュース記事を見かけて、あまりいい気分はしなかった。
俵万智さん、社名変更のツイッター詠んだ短歌にネット感動「これがプロか」「完璧すぎる…」(スポニチ) | 毎日新聞
なんでネガティブな気持ちになっているんだろう?と考えてみた。まずはタイトルが好みじゃないんだろうなあ。元ツイートには気品を感じていて、それを紹介する記事には気品を感じなくて、おしゃれな作品に値引きシールが貼られまくって汚された、みたいな印象を勝手に受けていた。ぼくが勝手に気分に影響を受けた、って話ね。
あとは元ツイートへのリンクがないのがやっぱりイヤ。これって引用の要件を満たすのかな…?やっていることはパクツイなんだよな。ソーシャルメディアには触れていなくてこの手のニュースメディアにだけ触れている人からすると「紹介してくれてありがとう」って感じなのかな。単にnot for meなのだろう、と思えてきた。
今日のエンタメ
ティーンのころはそれなりに楽しく「あいのり」を視聴していた気がするんだけど、30歳くらいからかな、いわゆる恋愛リアリティショーの類いはまったく受け付けなくなってしまった。悲しい事件の影響もあるのだろう。最近はいろんなポッドキャスト番組で「バチェロレッテ」の話をしているけれど、聴いていてどうにも厳しい気持ちになってしまう自分に気がついた。いつからかnot for meになったんだなあ。
今日のウェブログ
「あいさつは大事、ってそんなに思っていない」って話をメモしようとしてあいさつは大事!というテンションでもないというページがすでに存在していると気がついた。自分の記憶は信用ならないのでこうやって記録に頼っていこうな…。
【4/6の話題】「Yay!」ナナメウエがweb3化とIEO予定、「Japan Open Chain」β版公開など(音声ニュース) | あたらしい経済 を聴いていて、ナナメウエの石濱嵩博さんが話す内容にはぼくはあまり共感できないな〜と思って、でもそれで食わず嫌い的にYay!を避けるのはかっこよくないよな、ってことでAndroidアプリをインストールして起動してみたら、利用者のみなさんの日常の愚痴みたいなものがいくつか表示されたのでnot for meな印象を受けた。
ひとりひとりが安心して心情を吐露できるソーシャルメディアを目指しているということであれば、そういう愚痴が投稿されているってのは狙い通りなのだろう。ぼくは、そういうのをいっさい読みたくないとは思わないけれど、そういったコンテンツが中心になる場に積極的にアクセスしようとは思わないな、と自覚した。
今日のウェブログ
オリンピックの話題を見かけるたびに気が滅入るようになってきてしまって、なかなか厳しい。ぼくはもともとオリンピックのことは好きでも嫌いでもなくて、ただ、人混みは苦手というか人口密度が上がればトラブルも増えることはわかっているから2018年くらいから「開催中は、人の少ない地域で暮らそう」と思っていた。それで北海道滞在2019夏という取り組みをやったりして、2020年に備えていたつもり。
ぼくは漫画が大好きだから、漫画や漫画業界のことは尊重されてほしいと思う。みんながみんな漫画を好きになるってのはむつかしいと思うから、漫画が好きじゃないって人ともほどよい距離感でやっていきたい。お互いがお互いを尊重して、多様な文化がお互いを排除することなく共存できたらそれでいい。だからオリンピックのこともスポーツのこともnot for meというだけで、排除したいだなんて思ったことはなかった。しかし、最近のあれこれを見ていると、少なくとも運動会はいったんリセットされてほしいと思ってしまう。好きでも嫌いでもなかった対象を、少しずつ嫌いになってしまいそうでとても悲しい。
『FYRE夢に終わった史上最高のパーティー』を悪い意味でこえていく事例になりそうな気配があって心配。
- 多くの人が体得しておくといい語彙だと思う
- not for meで済むことで揉めるの無駄すぎる