Mentioned in days
また夢の話。最近、よく夢を見ている気がする。夫婦の会話タイプの夢だったので以下にやりとりを記す。
妻「じゅんさん、話がある」
夫「はい なんでしょう」
妻「あの…離婚したいと思って」
夫「ほほう……… わかりました」
妻「なんでそんなすぐに "わかった" って言うの!」
夫「まあ、そういう反応になるよね、でも適当に応えているわけではなくて」
妻「どういうこと?」
夫「まず、まみから "離婚したい" と具体的にまとまった形でお話がきたので、よく考えたんだろうな、と」
妻「うん」
夫「どうしたらいいかな、という相談ではなく、まとまった提案がきたので、よく考えたものなら尊重したいよ」
妻「…引き止めたりしないの?」
夫「それも考えたんだけどさ……」
妻「うん」
夫「もし離婚したあとに、まみが幸せになるならぼくは後悔しないだろうと想像した」
妻「うん」
夫「ただ、離婚したあとに不幸せになっていると知ってしまったら、ちょっと後悔するかも」
妻「…」
夫「だから幸せになってね」
起きてから妻とこの内容を共有したらウケていた。「言いそう〜笑」とのこと。なんかの深層心理…?
朝起きて外を見たら、あたりが霧に包まれていておもしろかった。濃霧注意報も出ていたっぽいな。
いい夫婦の日、結婚記念日。挙式・披露宴・婚姻届の提出が2014-11-22なので、今日で10年になります。気付けば遠くにきたもんだ。なかなかにメモリアルな日なので、結婚について今の気分でも書いておきますかね。
ぼく個人は「結婚」という儀式や契約については、けっこうニュートラルなスタンスを取っている。あまりグッドともバッドとも思っていない。そういう選択肢がある、くらいの認識。自分の直近10年間は楽しかったし今もハッピーに暮らしているので、この10年間のことは「よかった」と思っている。幸運だったとも思う。
「結婚はいいもんだぞ〜」と他者におすすめする論調が存在することは知っているが、自分は誰かに結婚をおすすめしたことはないんじゃないかな?かといって「結婚なんてやめておけ」とも言わない。各位がグッドと思う選択をすることが大事で、結婚する・しないについてさほど興味がない。
そんな調子なので「婚姻関係を維持する」ことにも執着がなく、妻との間で「そっちの方がいいね」となれば離婚も選択できるだろう。離婚を悪いことだと捉えていない。結婚も未婚も離婚も再婚もすべて有益たりうる選択肢。
たとえば妻が明日から1ヶ月間どこかに出かけるとして。自宅にひとり残されたぼくが機能的に困ることはなさそうだ。生活の中で完全に妻に依存しているようなことはないはず。家の中のどこになにがあるかは把握しているし、食事も掃除も洗濯も、やりたい分だけやればいい。
「結婚してよかった」と実感するタイミングはぜんぜんないが、まみという人間といっしょにやってきた10年間で得たものはとても多い。心から感謝している。自分ひとりで暮らしていたら経験しなかったであろうことを、たくさん重ねてこれた。なまじ機能的には依存していないもんだから、ぼくから見たまみとのつながりってのは、ほぼ純度100 % で情緒的なものであると言えるだろう。
こんな状況でまみと死別するようなことがあったら、自分の身になにが起きるのか本当にわからない。ぜんぜん想像がつかないんだよな〜。静かな悲しみを携えて、これまでと同じような生活を送るのか…?はたまた、大きな喪失の波に飲まれて生活が立ち行かなくなってしまうのか…?いろんなパターンを想像してみるも、そのどれを選んでみても現実味がない。
自分の人生にもっとも大きな影響を与えてくれたのが、まみであることは間違いない。短くないであろう10年間という歳月をもってしても、ぼくは結婚について「よくわからない」という感覚のままだけれども。この10年間は充実したものであったし、まみと過ごしてこれてよかったと思う。結婚がどうこうよりも、ひとりの人間としてのまみのことを想って、次の10年に歩み出していきたい。
上に貼った写真がこの文章とぜんぜん合っていない。