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In 2025-04-13 Sun
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ここ数日、ひとりでくるみを運転しているときなんかに、ふと「自分がいなくなったとして、妻は元気にやっていけるだろうか?」と考えたりする。直近で高速道路を運転する機会もあって、高速で走行するくるみの運転席に座る人間として、ぜったいに事故を起こしたくないという気持ちを強く持っていた。ぼくからすると、事故で妻が絶命して自分だけが生き残るってのが厳しいパターン。想像しただけで呼吸が浅くなる。
自分が絶命して妻だけが生き残るパターンを想像すると、最初に思うのは「心配だなあ」になる。今回のように体調を崩したときとか、なにかに困ったときとか、ぼくが近くにいれば力になれることもあるけれど、いなくなっちゃったらどうなるんだろう。助けてくれる友人たちはいるだろうけれど…そもそもどこに住むのかね、とかとか。心配すぎて、スッと成仏できなくて浮遊霊になっちゃうかもしれない。
こういうことを考えるとき、妹・弟のことを思い出す。小中学生のころのぼくは妹・弟によって兄という役割を与えてもらって、それによって自己効力感を高められていただろうと捉えている。誰かに頼ってもらえること、誰かの力になれていると感じられること。こういう実感のおかげで、なんとか日々をやっていけているのではないか。今は妻がぼくに役割を与えてくれているように思う。いろいろとたいへんなときでも、それがぼくの心の支えになっているのだと思う。