にじゅうきゅうえむ。
スーパーでお買い物していて「おいしそう」と目が留まったものの「爆盛だと、食べ切れないか」となって購入を見送った商品。盛れば盛るほど売れるわけではない、ということ。
移動中に立ち寄ったファミリーマートで、コーヒーマシンの秘密鍵が漏洩していた。セキュリティがガバガバである。
アプリケーション開発、あれもこれもやりたい期に突入しているな〜〜。今年の7月くらいからプログラミングに当てる時間が増えているよねえ。自分に追い風を吹かせてくれたのはClaude Codeだった。やっぱりAI Agentっておもしろいと思う。ChatGPTに代表されるような自然言語対話だけじゃなくて、あれこれReadしたりWriteしたりしながら会話してくれる相手もおもしろいんだよ、ってことがもっと広く知られるようになったら、さらにおもしろいことになると思う。
妻の気分が鬱々としていそうだったので「どっか出かけるか〜」「楽しいことしようぜ」と声をかけて外に連れ出すことにした。ぼくが映画『ひゃくえむ。』を観たいと思っていたところだったので、いっしょに観ることにする。ウェブでチケットを購入する過程で見かけたLoading画像がかわいかったので保護しておいた。
おもしろかったな〜。人間が速く走っているときの迫力が画と音で伝わってきて刺激的だった。リレーのシーンもね、いけ!いけ!という気持ちにさせられる。海棠さんが出てきて話し始めたところで「津田健次郎だな」とわかっておもしろい。
本筋の物語もそうだけど、何気ないシーンの描き方が丁寧だな〜と思った。そのことでフィクションと現実の間の境界が曖昧になって、自分がどんどん没入していける感じがした。
しっかしなんというか、陸上の個人競技というのは、とてもシンプルでその分だけ容赦ない世界だな〜と感じる。たとえばソフトウェア・エンジニアが「技術力」という完全に数値化されたスカラーでのみ評価されるとしたら、自分にとってはかなり厳しいだろうと思う。なにかひとつに特別に秀でているというわけではなく、さまざまなスキルを掛け合わせることで「役に立つやつ」を目指しているのでね。そういう意味で、短距離走に多くを賭けている人たちってのは、自分なんかには想像もつかないような精神状態で戦っているのだろうと思う。
漫画
『光が死んだ夏』の6巻7巻を読んだ。どんどん嫌な感じに怖くなってきた。ひえぇ。
会話の要約
Plaud NotePinで録音したものをPlaudで要約し、そこから一部を抜粋。
実写を線画化するロトスコープの使用で、走るシーンの迫力や細部(雨、トンネル、眼鏡の反射)のリアリティが良かった
アップで「漫画っぽい線の書き込み」と「実写の生々しさ」が混ざる表現が面白い
躍動感や、走って止まる瞬間の体の挙動に納得感がある
不安や怪我の場面で輪郭が震える演出(マミいわく「ブラックスワン」的)が印象的
顔つきがアニメ的誇張よりも現実の人に寄っていて説得力が高い
実写の画面づくりの完成度が高い、絵と音の説得力が全編で強い
スラムダンク映画の「シャシャシャ」の線ニュアンスを連想
アニメ映画『ひゃくえむ。』を観た帰り道に車中で妻と話していたこと
