ただのおもちゃ
今日は自宅で妻といっしょにGenerative AIワークショップみたいな時間を過ごした。テキスト、画像、音声、映像などなどの出力を試す。「あー、それは触ったことあるよ」というつもりでも、半年間も経過すると思い切り改善されていたりもするので、たまにこうして現状確認的に一通り触っておくのは大事だと思っている。
Adobe Fireflyのローディングっぽい画面に出現する生き物たちがかわいいので、見かけるたびに保護(保存)しておいた。
ある作品をほめる文脈で「思わず引き込まれそうに」と語られているのを見かけて、なにか引っかかるものを感じたのでメモしておく。「引き込まれそうになった」は「引き込まれた」ではないから、ほめの強度が低そうってことがひとつ。もうひとつは「思わず」をつける意味の希薄さかな〜。「引き込まれちゃった」と比べると、ずいぶんとぼんやりとしたほめ表現だなあ、と思った。
招待コードをもらってアクセスできるようになったSoraで遊んでいる。iPhone向けのアプリがあるとCameoを登録できる、ってのが現状なのかな。iPad miniにアプリをインストールして操作したら、自分のCameoを登録できた。
東京の街を歩いていたら、反対側から歩いてくる女性とすれちがう度にいきなりビンタされてとまどう @juneboku
https://sora.chatgpt.com/p/s_68e9d61e84ac819193d717ed9e512757
今のところ「ただのおもちゃ」って感じで好感を持っている。最近のソフトウェアのトレンドは役に立つものが多すぎるかも。なんの役に立つのかわからないけれどおもしろいから触っちゃう、の感覚があってうれしい。飽きるまで遊ぼう。
友人のお子さんが運動会でソーラン節をやるとの話を聞いて、自分が大学生のときに取り組んでいたYOSAKOIソーラン祭りのことを思い出した。ぼくは3年次の編入学で大学に入ったので、サークルにおいても1年目3年生というやや珍しいポジションとなり、3年生のときの1年間だけ活動させてもらっていた。ふつうに入学して1年生から4年生までをサークルで過ごしていたら、もっと思い入れの強いものになっていただろうか。4年目4年生の先輩たちを見ているとそんなことを思ったりしたものだった。
ぼくが所属していたサークルも、今ではYouTubeチャンネルがあって今年の大会の様子も動画で共有してくれている。近年はウォッチもしていなかったのだけれど、ひさしぶりに動画で演舞の様子を観たらグッとくるものがあった。自分が属していたころから続くエッセンスも感じる。なにかを受け継いでいくってのはすごいことだよなあ。
今年になってダンス教室に通い始めて「自分がダンスをねえ」と思っていたけれど、こうしてふりかえってみると、自分は昔から「音に合わせて体を動かす」とか、そういうのは好きなんだろうな。ちゃんと自覚していなかった気がする。
『ワンダンス』のアニメの主題歌『Stare In Wonder』が好きでよく聴いているし、BE:FIRSTさんのダンス・パフォーマンス動画もかなり気に入っている。原作漫画を読んだことで、よりダンスを楽しめるようになっている。ReiNaさんもKAITAさんもアツいわ〜。
健康
夜にデカ公園をお散歩した。全体としては運動量は少なめで、休養の日になった。
ページ
わたしはわたしだけのものであり、人間としてさまざまな権利を有しております。のページをつくった。