自分の生成したコンテンツをどこに預けるか
2020-05-05に書き始めた。
noteがFacebookやTwitterにならないためには、と考えてみた - quipped を読んでいたら、
今ぼくのタイムラインに流れてくる人は、note「を」書いている。note「で」書いているのではなくて、note「を」書いているのだ。
そんな言葉のあや、揚げ足取りじゃないか、と思うかもしれない。でもnoteがwhatであるかhowであるかは、noteのプラットフォームとしての立ち位置を投影するものだ。
という節があって、はてさて今の自分はどうなっているんだっけ、と思ったのだった。たしかにnoteは独自のポジションを固めているというか、ブログとは異なるものとして固有名詞で「note」と認知されているように感じられる。プラットフォームを目指している印象。
また、プレーンテキストMarkdown時代の終焉 - portal shit! で読んだ
Notionで書いた文書はNotionでしか読めないし、Dropbox Paperで書いた文書はDropbox Paperでしか読めない。Markdownで書いたテーブルならほかのツールに取り込めるが、Notionで書いたテーブルはNotionでしか使えない。入れ子にしたり装飾したりする便利な機能もNotionで使うからこそ約束されているものだ。その場所でしかその書き方はできない。
NotionやDropbox Paperはよくできていると思う。特にNotionはWorkFlowyのようなアウトライナー的な側面を持ち、いわゆる「ファイルの壁」問題を解決しつつMarkdownのサポート、画像の埋め込みや表の挿入などにも対応している。良いなと思う反面、一人のインターネットユーザーとしては、オープンかつ自由なフォーマットで書くことができるMarkdownがやっぱり好きだとも思う。
のあたりを想起したりもした。
2020-05-05時点で、自分が文章を吐き出す場所を愚直に羅列するとこんなところだろうか。
- https://june29.jp
- いわゆる「ブログ」の形式のウェブサイト
- 2006年から運用していて1,000件をこえる記事がある
- 文章は https://github.com/june29/june29.jp にてファイルとして管理してある
- https://scrapbox.io/june29
- Scrapbox
- 日記を書く場所として活用している
- 日記を書いているうちに「これはタイトルをつけてまとめられそうだな」ってものはページに切り出している
- このページがまさにそう
- https://scrapbox.io/hub/
- Wikiっぽい使い方をしている
- 自家用Scrapbox
- 勤務先のお仕事に関するあれこれ
- 社内の人々だけがアクセスできる場所に、あれこれを書いている
- TwitterやFacebookや各種ソーシャルなんちゃら
- 全消失しても許容できるな、というレベルのデータしか預けていないつもり
- 思い出という意味で希少なデータは多々あるけどね、実務面では消えて問題ないはず
ここに解釈を加えて整理してみる。
- 「自分のもの」として生きている間ずっと管理しようと思っているものはjune29.jpの記事たち
- なるべくポータビリティの高い形で保持したいと思っている
- 特定のプレイヤーの思惑に引っ張られすぎないように意識している
- 日記は「書きやすさ」「書くにあたってのコストをいかに下げるか」を念頭に置いている
- 自家用情報共有ツール
- 結婚直後はGitHubのリポジトリにあれこれ書いていて、途中からScrapboxに移った
- そのときそのときで家庭の状況に合ったものを選んで使っていくつもり
- お仕事の中で得た知見も、なるべく抽象化・汎用化・一般化して自分のものとして公開するようにしている
2020-05-11に追記。
noteからコンテンツをエクスポートする方法がないというリスク|ほりまさたけ|note
ユーザーのデータをどのように扱うかという問題では、Evernoteがかつてさまざまな問題に直面しつつ、それを克服するために有名な3原則を提示しました。それは次の3点です。
1. あなたのデータは、あなたのものである
2. われわれはあなたのデータを保護する
3. あなたのデータの可搬性は保証されている
Updates to Evernote’s Privacy Policy | Evernote | Evernote Blog
noteも近いうちにエクスポート機能なりなんなりを提供しそう、とは思っている。
2021-01-16に追記。
2020年にPodcastの「キマグレエフエム」とVlogの「おつかれシャワー」を始めたことで、テキストメディアだけじゃなく、音声メディアや動画メディアについても同じ観点で考えるようになった。ので、このセクションを追記しながらページのタイトルも調整してみた。
旧) 自分の書いた文章をどこに預けるか
新) 自分の生成したコンテンツをどこに預けるか
いろんなところで表明している通り、ぼくはおつかれシャワーの運営にYouTubeを利用してはいるけれど、自分からはYouTuberを名乗らないことにしている。まわりの人がそう呼んでくれる分には「ちがう!」と否定することはないものの、自認としてはYouTuberではないのだ。
Podcastは特定の誰かのものではないところがすごくよくて、ウェブサイトやブログなどと同じレイヤの概念だ。これの動画版があるといいな〜と思うけれど、動画ファイルはサイズが大きいので自前でホスティングして配信ってのは実際のところは難しいよねぇ。だから結局ぼくも、実態としてはYouTubeに体を預けているわけで。せめて魂だけは売らないぞ、というのがせいぜいのスタンス。
