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From 次の返済日は集まって何をしよう?:“村のお母さんたち”が運営する金融組織「マザーバンク」 by WORKSIGHT だがマザーバンクができてからは、メンバー自身が資金を共同管理し、金利ゼロで貸付を行っている。さらには、農作物の栽培・加工・販売、ミュージシャンとして国内各地でライブをするなど、メンバーがともに学び、成長する場に発展しているという。“村のお母さんたち”が織りなすローカルなエコ
というテーマで複数人でわいわいやる機会があって楽しかった。自分の考えたことをメモしていく。 前提になりそう 加害はよくない 他者の権利を侵害するのはよくない 明確な加害・権利侵害ではないが、よくないっぽいやつが迷惑と呼ばれていたりするのかな 迷惑の定義 ここではいったん「他者になんらかの影響を与え得ること」くらいの広めの定義を置いておこかな その影響が相手にとってネガティブなものだと迷惑とラベリン
From ノンクロンしよう:インドネシアのコレクティブ文化に見る、「分け合うこと」の連鎖と循環 - WORKSIGHT WORKSIGHT、インドネシア、ノンクロン、マジェリス、ルンブン 興味深いことに、ルアンルパのコレクティブ形成のプロセスは、上記のコレクティブの定義とは真逆である。すなわち、共通の目的や思想をもった人たちが集まってコレクティブを形成するのではなく、まずは目的もなく集まることから
From ステーキ店の売り上げは4倍に…きっかけは商店街が始めた「福祉」 小金井市けやき通り商店会の街づくり 小金井市、小金井市けやき通り商店会、福祉、ビジネス、商店街、地域 福祉事業と商売繁盛。両立できれば理想だが、難しそう。 普通はそう考えがちだが、「小金井市けやき通り商店会」(東京都小金井市)では、両者の関連性に着目した街づくりを進めている。 「福祉は商業者がやることじゃないよ」。当初は周囲
朝日新聞ポッドキャスト『ニュースの現場から』を聴いていて、とある教員に興味を持った。 当時は大阪市立木川南小学校の校長を担当されていた久保敬さんの2021-05-17付の文書が朝日新聞デジタルに今も掲載されていたので読んできた。 「生き抜く」世の中ではなく、「生き合う」世の中でなくてはならない。 大阪市立木川南小学校・久保校長の「提言」全文:朝日新聞デジタル 「生き合う世の中」ってのは力強いフレー
自分の人生が一冊の本になるとしたら、たぶん2008年から2022年までがひとつの章になるんじゃないかと思っている2023-02-06の自分がこのページをつくった。ここまでの長い期間を対象にふりかえりをやるのは初かも。 ざっくり章立て 1983〜1999 : 生まれてから義務教育を終えるまで 1999〜2008 : 高専に入学して情報工学・情報科学に触れて大学・大学院でウェブに魅せられるまで 200
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最近の社会
長野県松本市に引っ越してきて、町内会的なやつに入会することになった。栃木県那須塩原市や東京都内に住んでいたときはそういったものとは無縁だったので、おそるおそる関わっている。悪い情報ばかり見てしまっているからだと思うのだけれど、どちらかといえばネガティブな印象を持っているというのが正直なところだ。
そもそも町内会的なものに関わったことがないので、食わず嫌いになっている可能性は大いにある。「公助・共助・自助」を考えたときに、公助にはあまり期待できないと感じていて、すべてを自助で担うのはハードモードすぎる社会だと思い、だとすると共助のことをもっと知っていくのがよいだろう。
デフォルトでネガティブな印象を抱えてしまっているものについては、ポジティブな実体験で上書きしていくのが得策だと思う。今日は、近所の人たちといい感じの会話があって、清々しい気分になれる時間があった。たとえば明日に大きめの自然災害が発生したとして避難所に駆け込むような事態になれば、町内会でつながっている人々はスムーズに助け合えるのだろう、と感じる。妻の人当たりのよさに助けられながら、近所の人たちとの間に「これはいいものだな」と思える体験を積み重ねていきたい。
ちょうどCOTEN RADIOの福祉のシリーズを聴きながら、そんなことを考えた。
酒の空き缶たちと倒れた自転車、そこに横たわる初老の男性がいて。「大丈夫ですか〜?寝ているだけかな」と話しかけてみたら「死んでるんだよ〜〜〜」とお返事があったので「大丈夫そうですね」と言ってその場を去りました。
https://twitter.com/june29/status/1353712246086492162
ぼくの気持ちの奥底の方には「心配な人がいたら、話しかけたい」というのがずっとあって。母親はわりとこういうときにスッと行動を繰り出せる人というイメージがあり、遺伝なのかもしれないし違うかもしれない。最近は妻ともども「他人事で終わらせない」という対応を選べることが少しだけ増えてきたように思う。妻もぼくも『ベルリンうわの空』を読んで感じるところがあり、今よりも「共助」が多い社会の方がよいのでは、と考えているところがある。「声かけ」はその小さな一歩になったらいいな。